145
私はあの日から魔法が戻るまでの間は小屋に籠った。
勿論、貧困村には行けないし、お父様と会うリスクは高くなったが、一つ集中して考えたい事があった。
学園に行かない事をヘンリお兄様に言うとすぐに承諾してくれた。
「アリシアに甘いよね、ヘンリって」
「ヘンリお兄様だけよ」
「確かに」
ジルはそう言って少し笑った。ジルも私と一緒に小屋に籠っている。私がジルにここにいて欲しいと頼んだ。
ジルの考えを聞きたいのよね……。
「狼が学園に現れたのはいつ頃だったかしら」
「ヘンリからの情報によると一年前ぐらいらしいよ」
一年前……。どうしてもっと大事にならないのかしら。
野生の狼が魔法学園に現れるなんて考えられないわ。国王様の耳には入っているのかしら。
「ずっと考えているけど、全く答えが出ないね。……明日だよね? 魔法が使えるようになるのって」
「そうよ」
私はそう言って静かに頷いた。
明日で魔法が戻ってくる。そしたら私の魔法レベルを証明する事が出来るわ。
でも国王様よりも先にウィルおじいさんに会わないといけないし……。
ああ、やる事が多すぎて頭が混乱してくるわ。
「不思議なのが、町ではなく魔法学園に狼が現れた事だよね」
ジルは真面目な口調でそう言った。
「誰かがそうしたのかも」
「野生の狼なのに?」
「そう見せかけただけとか」
私がそう言うと、ジルは顎を触りながら眉間に皺を寄せて遠くを見つめた。
もし、誰かの仕業で狼を魔法学園に入れたとなると大問題だわ。
私は小さな机の引き出しから地図を取り出した。
誰にも気付かれずに魔法学園に狼を放り込めるとすれば……この学園の森?
その前にどこから狼を入手したのかしら。
「狼はこの国にはいない……だとしたら、外国から来たのかもしれない」
ジルがそう言いながら私の机の引き出しを開けて、私が取り出したのよりもっと規模の大きい地図を取り出した。
……外国。……狼。ああ、なんだかもう少しで何か重要な事が思い出せそうな気がするわ。
リズさんが震えながら魔法学園の生徒を狼から守った……。
「「ラヴァール国」」
私とジルの声が見事に重なった。
「ラヴァール国に狼がいるって何かの本で読んだことがある」
ジルが地図の載っているラヴァール国を指さしながらそう言った。
……それは知らなかったわ。私はただ乙女ゲームのイベントを思い出したのよね。
リズさんの好感度を上げる為にそのイベントがあったはずだわ。確か、私は助けないを選択した気がするわ。……助けたい気持ちもあったけど、死にたくないのよね。それに自分を嫌っていた人達を命を懸けてまで助けようと思わないわ。私はそこまでお人好しじゃない。私が命を懸けてまで守りたいって思っているものは少ないわ……。
「アリシア? 聞いてる?」
私はジルに顔を覗き込まれてハッとした。
「何を?」
ジルは少し面倒くさそうな表情をして口を開いた。
「だから、まだその狼がいて会えるんだったら、ラヴァール国から来たかどうか分かるよ」
「……ラヴァール国の狼は尻尾が大きくて赤毛が多いのよね」
「それと、首元に細い鉄の首輪がされているんだ」
いつもより少し低い声でジルはそう言った。
……それは知らなかったわ。というか、乙女ゲームの狼が出るイベントでもただリズさんの好感度が上がるってだけで、どこから来たかは分からなかったわ。
普通に考えると、学園にいきなり狼が現れるなんておかしな話なのに……。今思えば、結構適当に作られていたわね。
「その首輪には飼い主の名前が彫られているんだよ」
ジルは少し目を光らせて、私の目を真っすぐ見ながらそう言った。