143
「今、ゴミって言ったの?」
リズさんが眉間に皺を寄せながらそう言った。
「ええ、そうよ」
私は笑顔のまま答えた。
リズさんの瞳孔が開くのが分かった。交感神経が働いている証拠ね。
「まさか、リズさんは彼女達を庇うの?」
リズさんを煽るようにして私はそう言った。
「それに正確に言えば、ゴミ以下よ」
私は笑いながら付け足した。
「彼女達がした事は確かに悪いかもしれないけど、彼女達はゴミなんかじゃないわ!」
リズさんが私を物凄い形相で睨みながら声を張り上げた。
「まぁ、なんて感動する台詞なのかしら」
「馬鹿にしているの?」
「まさか。むしろ感心しているのよ。自分の悪口を言っていた子達を庇うなんて私には出来ないもの」
「私は彼女達を許したわけじゃない……ただ、ゴミだって言った事に対して怒りを感じているのよ」
リズさんは声を抑えながら私にそう言った。
……確かに、私も今回はゴミって言った事に対しては言い過ぎたと思っているのよ。
まぁ、そんな事は口が裂けても言えないけど。ここはゴミを突き通すしかないわね。
私は軽く息を吸って気を引き締めた。
「だって、要らないでしょ?」
「何が?」
「彼女達」
私はそう言って目線を虚ろになった女子生徒達の方へ向けた。
リズさんは少し困惑した表情を浮かべた。
そりゃそうよね。流石の聖女様も彼女達の事を要るなんて言えるわけがないわ。
「ゴミ同然よ。……そんな扱いを受けてもおかしくないような事を彼女達はしたのよ」
私は冷たい視線を女子生徒達に向けながら静かにそう言った。
彼女達はもう私の言葉に怒ったり、悲しんだりしなかった。虚ろな目をしたままで、感情を表さなかった。ただ、リズさんが自分達の事を庇っているって事だけは分かっているみたいだった。
……これは最高の展開だわ。またリズさん信者が増えてくれたら私的には嬉しいし。
でも、リズさんの綺麗事に洗脳されるのはちょっと面倒くさいけど。
「確かに、彼女達がした事は最低な事かもしれない」
「かもしれないじゃなくて、最低な事よ」
「でも……ゴミなんかじゃないわ」
「そうかしら? 私は今すぐにでも捨てたいわ」
「どうしてそんな言い方しか出来ないの?」
急にリズさんは私に対して哀れみの目を向けた。
あら、どうしてそんな目で見られているのかしら。
「彼女達は、反省しているわ。これ以上責めて何の意味があるの」
リズさんは落ち着いた声でそう言った。
空気で教室にいる人達がリズさんの意見に賛同しているのが分かる。
「リズさんは人の良い面しか見ていなさすぎるわ」
「それの何が悪いの? 魅力的な目は人の良い所を探して作られるのよ」
「何それっ! 馬鹿じゃないの~? 魅力的な目は人の良い所を探して作られる? 悪い所を探さないと戦争には勝てないよ? 教会のシスターにでもなったら~?」
メルの笑い声が教室に響く。
「それはシスター達に対して失礼だよ」
ジルが静かにツッコミを入れた。
「え~、じゃあ、天使?」
「そっちの方が聞こえは良いよね。そうなると、アリシアは悪魔かな?」
「でもさ、実際、どっちが悪魔でどっちが天使だって思うよね~」
「確かにそれはそうだね」
「お前ら仲良いな」
ヘンリお兄様がジルとメルの会話に口を挟む。
どうせならもっと二人の会話を止めるような事を言って欲しいわ。
でも、ジルは確かに結構メルに心を開いていると思うわ。
メルとジルの波長がなんだか似ているような気がするのよね。
というか、二人の会話のせいでさっきまでの緊張感が一瞬でなくなってしまったわ。
前に一度、人は良い人達ばかりじゃないって話をリズさんにしたはずなのに忘れてしまったのかしら。
彼女達は性根が腐っているんだもの。絶対にまた同じ事を繰り返すに決まっているわ。
「私はこれで失礼するわ」
私はリズさんに微笑みながらそう言った。
「逃げるのかよ」
エリック様の低く敵対心のこもった声が教室に響いた。
「逃げるですって? 何から?」
「リズはいつも人の良い面ばかり見て、どんな人でも好きになる努力をしている。なのにお前は人の良い面を見ず、逃げてるじゃないか。他人の心が自分より綺麗な事が妬ましいんだろ」
エリック様は私を睨みながらそう言った。ここ数年、エリック様に睨まれてばかりだわ。……本当にリズさんの事が好きなのね。
エリック様は私の方へゆっくりと近付いてくる。
ああ、これから一体何が始まるのかしら。毎日本当に厄介な事に巻き込まれている気がするわ。
私は小さくため息をついて、エリック様の方を真っすぐ見た。