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「やっぱりこれはこうなんじゃないかしら」
私は黒板に文字を書き足した。
旧図書室はほとんど使われていない。ジルと私はよくそこで話し合う事が多い。
昔、ラヴァール国を傘下に置く方法を書いた時だって全く人がいなかったものね。……まぁ、あれは授業中だったからだけど。
でも私は新図書室よりもこっちの図書室の方が落ち着いて好きなのよね。
「でも、この人数なら奇襲攻撃した方が一瞬でここは陥落するはずだよ」
「これは遊びなんだからゆっくりじわじわ痛めつける方が面白いじゃない」
私達はよく戦略を練るゲームをしている。設定はいつも適当に決めているんだけど。これが楽しいのよね。
「俺ならここはこうするな」
そう言いながら大きく綺麗な手がいきなり伸びてきたのと同時に私の頭に手が置かれて軽く体重がかかる。
この声にこの手は……デューク様だわ。どうしてこの場所が分かったのかしら。
私はデューク様が黒板に何か書き込んでいるのを無視して、デューク様の方を軽く睨んだ。
「邪魔しないでもらえます?」
「怒っている顔も可愛いぞ」
デューク様はにやにやしながらそう言った。
……絶対に馬鹿にしているわ、私の事。
そうだと分かっているのに心臓の音が大きくなる。自分で自分の事が嫌になるわ。
私は小さくため息をついて口を開いた。
「デューク様のキャラが全く分からないわ」
「俺はアリシアに言われた通り思った事を口に出しているだけだ」
「……ああ、そうでしたわね。けど絶対にわざとやっていますよね?」
「何をだ?」
とぼけた顔でデューク様が聞き返した。
「デューク様が発した言葉で私の心臓が爆発しそうになったり……」
私はここまで言いかけて、心底後悔した。
これじゃあ、まるで私がデューク様を意識しているみたいだわ。
まぁ、それは間違いではないんだけど、言葉にすると物凄く恥ずかしいわ。
デューク様は一瞬目を見開いたがすぐにいつもの意地悪な表情に戻った。
「へぇ、心臓が爆発しそうになるんだ」
「何ですか、その顔は」
私は軽く睨みながらそう言った。自分の顔が少し熱くなるのが分かる。
何故かこのデューク様の私を全て見透かしているような意地悪な顔に弱いのよね、私。
「思った事を行動に移すよりまだましだろ」
デューク様は少し真剣な口調で静かに呟いた。
……十分行動に移しているような気がしますけど。
「デューク、さっき書いたここなんだけど……これじゃあ、敵の頭を倒す事は出来ないよ」
ジルは突然黒板を見たままそう言った。
さっきからずっとデューク様が書いた事について考えていたみたいだ。
私も黒板の方を見た。
「確かにこれじゃあ、この部隊の隊長は逃げる事が出来るわね」
「部下を残したまま逃げるなんてそんな隊長はいないだろ」
デューク様は真面目な口調でそう言った後、まるで悪魔のように口角を上げた。私はその顔に少し寒気がした。なんだか楽しそうな顔をしているわね。
「一気に陥落させるんじゃなくて、こっちに利益がでるように潰した方が良いだろ?」
「確かにそうだね。頭を残して、従わすってわけか」
「リズさんが嫌いそうな考え方ね」
「それに~自分の部下が目の前で全滅しちゃったら隊長はきっと精神おかしくなっちゃうんじゃな~い」
いきなり甘い香りと共に高い声がどこからか聞こえた。
……本当に急に現れるわよね。
「どうしてメルがここにいるんだよ」
「はいそこ~、嫌そうな顔しない~」
ジルが顔をしかめながらそう言うと、メルは手に持っているいかにも甘そうなピンク色のキャンディーをジルの方に向けてそう言った。
「隊長の精神をえぐるなんてアリアリが言ってたじわじわ痛めつけるっていう作戦にピッタリ!」
メルは目をキラキラと輝かしながら楽しそうにそう言った。
ジルの顔は若干引きつっている。相変わらず可愛らしい顔してえげつない事を言うわね。
しかもそこからずっと私達の会話を聞いていたのね。
それに隊長の精神をえぐるのは私が言ったじわじわ痛めつけるって意味と少し違う気がするわ……。
「アリシアが言っていたのは物理的に痛めつけるって事でしょ」
ジルが私の心を読み取ったかのようにそう言った。
「じゃあ、隊長の精神を壊した上でボコボコにしちゃえば?」
メルはキャンディーをなめながらそう言った。
こんなにもキャラの濃い子がゲームに出てこなかったのが不思議でならないわ。運営のミスかしら?
「確かにそれはいい案だね」
ジルは顎を触りながら真剣な口調でそう言った。
たかが遊びでこんなにも惨い事を考えるなんて、リズさんが聞いたら失神するわ……。
私の味方って……本当に腹黒で計算高い人達ばかりだわ。それでも最後には聖女のリズさんが勝つのよね……。
「じゃあ、次は隊長が逃げ出してしまった場合の事を考えましょ」
「でもさっきデュークがそれはないって」
「作戦はあらゆる場合を想定していくつも作っておくものなのよ」
「そうだな、プランはいくつも立てておくものだ」
私の言葉にデューク様は微笑んでそう言った。
「楽しいね~! この遊び!」
メルが興奮気味にそう言った。
ヘンリお兄様が私達を呼びにくるまで私達は夢中になって旧図書室で話し合っていた。