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「わしはルークに国の分割統治を提案したんだ。五大貴族で分けて統治すればいいと」
私はウィルおじさんの考えに心の中で賛成した。私はこの国に五大貴族がいる意味はその為だと思っている。じゃないと、ただの財力がある権力を持った集団だ。
「良い考えだね」
ジルは目を薄く光らせながらそう言った。
まぁ、この考え方に反対する人なんて誰もいないわよね。
「だが、ルークの母親がそれに反対したんだ」
「は?」
「どうしてそこで国王様のお母様が出てくるの?」
ジルと私は目を瞠目させた。
国王様のお母様が政治の事なんて全く分かるはずないじゃない。
「金目当てか」
ジルは鋭い目つきでそう言った。
「金目当てだとしても周りは止めるわよね」
「国王の母親だったらやりたい放題なんじゃないの? 国王が自分の母親の事を好きだったら」
ジルの声はだんだん低くなっていった。
現実を知れば知るほど、国王様を軽蔑しているように思えた。
その気持ちは分からなくはないけど、これは国王様が悪いんじゃなくて国王様のお母様が悪いのよね。
まぁ、国の王なんだからそこはちゃんとしないといけないのは分かるんだけど。
「ルークは母親の事を好きだったぞ。彼女は自分の息子を溺愛していたからな。わしの事は嫌いだったみたいだが」
そう言ってウィルおじさんは笑った。
酷い話かもしれないが、よくある話でもある。
ああ、自分の器の小ささが恥ずかしくなってきたわ。
「だからじっちゃんを陥れたわけ?」
「……誰もがわしが悪いと思う巧妙な手口でわしをはめたんじゃ。わしは国王殺害計画を立てた罪で王宮から追放だ。さらに国王をもう二度と探す事がないように目をくり抜かれた」
ウィルおじさんのその言葉にジルは顔をしかめた。
レベッカの目からは大粒の涙がとめどなく流れている。周りからも時々鼻をすする音が聞こえる。
……こんなにも人望があった方なのに誰も庇わなかったのかしら?
「お父様は」
「この事を知っているのはルークの母親とその従者達だけだ」
「国王様は知らないのですか?」
「ああ」
「でもそんな大事を隠し通すなんて不可能だわ」
「彼女は綿密に計画を立てていたんじゃ。誰にも知られないようにわしを消す事なんて簡単だろう。それに私は国王ではない」
「冤罪だと誰かに言わなかったのですか?」
私は自分の声が震えるのが分かった。
「助けてくれる者は確かにいたのかもしれない。だが、罪人を助けるような事をしたら間違いなく殺されるだろう」
「では、ウィルおじさんと仲が良かった方達はどこに行ってしまったの……?」
「確かに、今のこの国のお偉いさん達は無能ばっかりだからね」
「国外追放だ」
私達はウィルおじさんの言葉に固まった。一体誰が誰を国外追放にしたの。
考えられるとしたら一人しかいないけど、そこまで好き勝手出来ないはずだわ。
「その女が国外追放にしたの?」
ジルが代わりにそう聞いてくれた。きっとここにいる全員がそう思っているだろう。
「そういう事だ」
ウィルおじさんは静かにそう言った。
その瞳にはもはや悲しみも怒りも、何の感情もなかった。
「それは流石に考えられないわ」
「わしと仲が良かった連中は皆、ラヴァール国に追放された」
……ラヴァール国。道理で大国なわけね。
よりによってラヴァール国なんて、国王様の母親は馬鹿なのかしら。
「何人いたの?」
「まぁ言っても三人だけだが、全員優秀じゃ」
「優秀な人間が皆国からいなくなって、無能な王だけがこの国に残り、どんどん国内情勢が悪化したわけか」
ジルが目を細めながらそう言った。目に怒りと憎しみが表れている。
国内の表部分だけを華やかに見せて、裏部分はどんどん厳しい生活になる。
困窮状態がずっと続いた中で育ってきたジルが怒るのも当たり前よね。復讐したくもなるわ。
……こんな状態も知らずにリズさんは復讐なんてしても意味がないなんて軽々しく言ったんだもの。
やっぱり聖女は凄いわね。私だったらこの復讐の手助けをしてしまいそうだわ。
「国王はじっちゃんがいなくなった時に何も思わなかったのかな」
「いや、ルークはわしを恨んでいる」
「でも、それは本人に聞かないと分からないのでは?」
「……わしの提案についてルークの母親と口論した時にわしはルークに言われたんじゃ。国王でもないのに偉そうにするなと」
あら、国王様って物凄いマザコンなんだわ。
「十七歳ならそうなるかもしれないわね……」
「え?」
「もしかしたら、国王様は自分の発言に後悔していらっしゃるかもしれないわ」
「国王が? それはないでしょ」
「ジルは黙っていて」
私はジルの方を軽く睨んでそう言った。
「ウィルおじさんが真剣に国王様との仲が壊れてしまったなんて言うからてっきりもっと深刻なんだと思っていましたわ」
「十分深刻な話だと思うよ」
私はジルのツッコミを無視しながら話を続けた。
「直接本人に本心を一度確認してみてはどうです?」
私の言葉にウィルおじさんが目を見開いた。
ジルは少し口を開いて私を見ている。レベッカも完全に涙が止まって私の事を目を瞠りながら見ている。
私、そんなにおかしなことを言ったかしら?
「ウィルおじさんは前に言っていましたよね、貧困村から出なくてもいいんだと。それは嘘ですよね?」
「いや……」
「もう一度世界を見たくなったのではありませんか?」
私はゆっくりウィルおじさんの方に近寄りながらそう言った。
いつもと立場が逆転しているみたいだわ。
「もし本当にここから出たくないのならどうしてこの村に改革を起こそうとしているのですか? ……私はウィルおじさんの王の威風に跪いたのです」
私はウィルおじさんの前に立ち目を決して逸らさずにそう言った。
ウィルおじさんは目を見開いて私をじっと見て、破顔した。
その笑顔に思わず心臓が少し跳ねた。いくらおじさんとはいえ、やはり美形は強いわ。
「そうだな、確かに、今はここから出たいと思っている」
そう言ってウィルおじさんは私の頭をいつものように撫でた。
「もう、今日は帰りなさい。また明日話をしよう」
ウィルおじさんは優しい声でそう言った。
私は素直に頷いた。
まだまだ気になる事は多いけど、とりあえず、今日はこのくらいにしておかないと。いつまでもウィルおじさんに嫌な記憶を思い出させてしまう事になってしまうもの。
私とジルは壁の方に向かった。
その時、ジルは何かを思い出したように私の方を見た。
「何?」
「国王の母親はどうなったんだろう」
「……分からないわ。そもそも国王様のお母様の存在なんて今まで知らなかったんだもの」
「そうだよね」
ジルはそれっきり家に帰るまで一言も口を開かなかった。ずっと難しい顔をしながら何か考え事をしているようだった。