136
私はゆっくり顔を上げた。
「わしは君に跪いて欲しくない」
目尻に少し皺を寄せてウィルおじいさんはそう言った。
自分の瞳に見つめられているってなんだか少し不思議な気分だわ。
彼は私の肩を優しく掴み体を軽く持ち上げて立たせた。
「アリシア? 一体どうしたの? じっちゃんだよ?」
ジルは不思議そうに私の顔を覗く。
ええ、分かっているわよ……。
「師匠、随分と変わったからね~」
レベッカは明るい口調でそう言った。
「なんて呼べばいいのかしら」
私の呟きにジルもレベッカも目を見開いた。
「え? だからじっちゃんだよ?」
「そうよ、アリシア、どうしちゃったの?」
「それは分かっているわ。でも……」
私の目の前にいる彼は、ウィルおじいさんじゃなくて……シーカー・ウィルなのよ。
正体を知っていきなり態度を変えるなんて事は私はしないわ。そんな事をしてもここではまず意味がないし……。
次に会っても私はいつも通りウィルおじいさんに接しようと思っていた。
なのに今目の前にいる男性はウィルおじいさんではない。
今までこの威厳も知性も隠してこれた事に驚きだわ。
勿論賢い事は知っていた。でもそれは話して初めて分かることであって外見だけでは分からなかった。
彼の左目にある目は私の瞳のはずなのに、私はこんな瞳を見た事がない。
思慮深く、知的で、どこか寂しそうで、世の中の事を全て見通しているかのような瞳……。
彼は私に想像できないくらいの壮絶な人生を歩んできたのだろうとその瞳を見ただけで分かる。
その時、脳裏に昔ウィルおじいさんが言っていた言葉を思い出した。
どうして今あの話を思い出したのかしら……。彼のその少し悲愴な瞳がそう思わせたのかもしれない。
「アリシア、わしの呼び名なんてなんでもいい」
彼はそう言って私に微笑んだ。いつもの笑顔だ。
雰囲気が変わっただけで中身は何も変わっていないわ。
「ウィル……おじさんかな?」
小さく首を傾げてかすれるような声でそう言った。なんとか笑顔は作ったがきっとその時私は泣きそうな顔をしていたと思う。
「確かに、おじいさんっていうより今はおじさんって感じだもんね。僕もおっちゃんって言った方がいいのかな」
「そこは大丈夫なんじゃない?」
そう言ってジルとレベッカは笑った。
ウィルおじいさ……ウィルおじさんはその様子を温かい眼差しで見ていた。
でも、どうやら私の表情に気付いているみたいだわ。そして、私が何を悟ったのかも分かっているのだろう。
この村がどうして改善しているか聞くよりも前にウィルおじさんの過去を知りたいと思った。
彼がどうして目を奪われ、王宮から追い出され、貧困村に来る事になったのか。
今までに知りたいと思った事は何回かあった。でもそれは立ち入ってはいけない話だと思っていた。
でも今は心の底から知りたいと思っている。今までにないくらい真相を渇望している。
私は小さく息を吸って背筋を上に伸ばした。
「あの魔法が使えなくなった少年の話は友達の話ではなくウィルおじさんの話ですよね?」
私はかつての私の瞳を真っすぐ見ながらそう言った。