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私の言葉にデューク様は瞠目して固まった。
口に出してしまってから、私は後悔した。
何を聞いてしまったのかしら……私。
そう言えば、まだ直接デューク様の口から好きと言われた事がない。
「やっぱり、なんでもないですわ」
私は慌ててそう言ったが、もう遅い。
「教えて欲しいか?」
デューク様は瞳を光らせながらそう言った。
なんか俺様感があるわね……。
「いいえ、結構ですわ」
デューク様は私の方に向かってゆっくり近づいてくる。
どうしてこっちに向かって来るのよ!
こんな小さな部屋では逃げ回ることなんて出来ない。
私は奥の方へゆっくり後退るが、すぐに窓にぶつかってしまった。
……しっかりしなさい、アリシア。どんな時でも威厳をもって堂々した態度をしていないと悪女とは言えないわよ。私はそう自分に言い聞かせる。
それでもデューク様の凄まじい圧力に負けてしまう。
後退るなんて悪女として最悪な行為だわ。
私の今までの努力が水の泡になってしまうわ。何とかしないと! デューク様に負けていられないわ。
私は自分を鼓舞させて姿勢をスッと伸ばした。
その瞬間、デューク様は私が逃げられないように私を囲うように窓に片腕をつけた。
……これはいわゆる前世で流行っていた壁ドンってやつかしら?
それにしてもなんて近いのかしら。絶対私の心臓の音が聞こえているわ。
頑張って平常心を保つのよ、私。
なんとかすました顔を作って彼を見上げた。
……この角度から見ても美形なんて。世の中って不公平ね。
男性なのにこんなに肌がすべすべって……。世界中の女の子が泣きたくなるわよ。
私がデューク様の顔を凝視していると彼の顔がほんのりと赤くなった。
え? 信じられないわ。あのデューク様の顔が赤くなるなんて……。
私、夢でも見ているのかしら。
「あんまりじろじろ見るな」
「嫌なら私の目を手で覆ったらどうですか?」
私は少し意地悪そうに笑いながらそう言った。
デューク様は少し気まずそうな表情を浮かべた。
これは形勢逆転かしら。
デューク様の美しい海色の艶のある髪が目に入る。
「本当に綺麗な髪ね」
私はそう言って、デューク様の髪を軽く梳いた。かなり手を上に挙げないといけない姿勢になってしまったけど……。
それにしてもなんてさらさらの髪なの。その上、良い匂いがするわ。
一体どういうお手入れをしたらこんな髪になるのかしら。
私がそんな事を思いながらデューク様の髪を触っていると、いきなりデューク様が私の頬を手で挟んだ。
「なにふるの?」
口がたこみたいになって上手く話せない。
なんて恥ずかしい顔をさせられているのかしら。
こんな所を誰かに見られたら私の悪女の夢は儚く散ってしまうわ。
私はデューク様の腕を掴んで何とか離そうとしたけど、びくともしなかった。
なんて強い力なのよ。デューク様は小さくため息をついた。
……それはどういう意味のため息なんだろう。
「閉じ込めたい」
デューク様の額が私の額にぶつかる。彼は私の目を真っすぐ見つめる。
閉じ込めたい……? そんな言葉生まれて初めて言われたわ。
もしデューク様が美形じゃなかったら殺されているわよ。
これがデューク様の本音なのかしら。今までこんな事聞いた事なかったもの。
というか、こんな至近距離で見つめられるなんて私の心臓が爆発してしまうわ。
獣のような瞳をギラっと光らせて私を見つめる。食われてしまいそうだわ。
とりあえず……このやられっぱなしの状況をどうにかしたい。それ以前に私の心臓がもたない。
私は頭を軽く後ろに下げて、思いっきり頭を振った。
痛っ! 勿論、声には出さないけど、心の中で叫んだ。
デューク様は目を見開いて私の顔を見る。デューク様は少し体勢を崩して机に軽くもたれている。
……頭突きってこんなにも痛いものなの? 絶対私の額も赤くなっているわ。
でも、今はそんな事を気にしている場合じゃないわ。
私はそのままデューク様に近寄り、さっきデューク様が私にした事をそのままそっくり返した。
デューク様の頬を片手で挟み、私は口の端を少し上げた。
彼が机にもたれてくれていて良かったわ。そうじゃないと手が届かなかった。
「閉じ込める? 馬鹿にしないで。二年間も小屋に籠っていたのは目的があったからよ。お父様に閉じ込められていたわけじゃないわ」
私はデューク様を覗き込むようにしてそう言った。
するとデューク様は目を細めて私の腕をそのまま引いた。そのまま私はデューク様に抱かれた体勢になってしまった。
デューク様の香りが柔らかく私を包む。
……デューク様の匂い、本当に良い匂いなのよね。
心地よくて気分が落ち着く匂い……のはずなんだけど、今は全く落ち着かないわ。私の心臓が元気に踊っているわ。
「悪い、理性が飛びかけた」
デューク様の澄んだ声が耳に響く。
「……どうして?」
私がそう言うと、デューク様が深くため息をつく音が聞こえた。
「俺がお前に溺れているって自覚をもっと持って欲しい」
デューク様は呆れた口調でそう言った。
自分の体が固まるのが分かった。
ああ、どうしよう、心臓がうるさいわ。私の音なのかデューク様の音なのか分からないけど。
でも間違いなく私の心臓が破裂寸前だって事は分かるわ。
「アリシアは自分の信念を貫き通して、目標を達成するために努力を惜しまず、世の中の現実にしっかり向き合って、聡明で、強くて、いつも凛として美しい」
デューク様はそこまで言ったところで止まった。
自分の体が熱くなるのが分かる。この体温は絶対にデューク様に伝わっているはず。
きっと今の私の顔は林檎みたいだわ。
脈拍が尋常じゃなくらい速くなり、鼓動の音が大きくなる。
デューク様の言葉に胸の奥が燃えているみたいに熱くなる。
「いい女だ」
デューク様は最後に私の耳元でそう囁いた。
なんて殺し文句なの。腰が抜けそうだわ。
普通の女の子なら失神しているわよ。私は悪女としての威厳を損なわない為に何とか立っているけど、今にも倒れそうだわ。
デューク様はそのまま私を離して扉の方へ向かって行った。
私をここに連れて来たのに先に出て行くの?
まぁ、早く出て行ってくれた方が私としては嬉しいわ。こんな真っ赤な私をあんまり見られたくないもの
デューク様は私の顔を見て満足気に意地悪そうに微笑んで出て行った。
もしかして……ただからかわれただけ?
デューク様が部屋から出て行った瞬間、私はその場に座りこんだ。立っていられる気力がもうなかった。良かったわ、これが誰もいない部屋で。
「アリシア?」
少し経ってからジルが驚いた表情で部屋に入って来た。
もう本は読み終えたのか皮肉で聞いてやろうかと思ったけど、そんな事を言える体力も残ってなかった。
「どうしたの? さっきデュークが嬉しそうに部屋から出てきたんだけど、その後にアリシアが出てこなかったから……」
ジルがそう言って私の顔を覗き込む。
嬉しそうに部屋から出てきた? デューク様は私がこうなるのを分かっていてわざとあんな台詞を言ったのかしら。
最初は優しいと思ってたけど、実はS気質なのよね……。やっとデューク様の本性が見えてきた。
「顔赤いけど……熱があるわけじゃないんだよね?」
「……少し落ち着くまでここにいるわ」
私はそう言って、座ったまま壁にもたれた。
「分かった」
ジルは小さく頷いて、風が部屋に入ってくるように窓を開けた。
ふわりと涼しい風が私を包み込む。体温が少し下がるのが分かった。段々心が落ち着いていく。
ジルは私の隣に腰を下ろして本を読み始めた。どうやら本はまだ読み終えてなかったみたいだ。
私とジルは暖かい太陽の光を浴びながら、心地いい空間の中で暫く過ごした。
以前より更新速度が遅くなって申し訳ございません。
これから一日にいくつもの投稿は出来なくりますが、一日に一つは必ず投稿するつもりです。
ご理解のほどよろしくお願いいたします。
いつも読んでいただき本当に有難うございます。