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「外面?」
眉間に皺を寄せながらリズさんがそう言った。
食堂は静まり返って緊張感が漂う。
「そうよ、外面。彼女の外面を評価してほしいの」
「……そんなの出来ないわ。……見た目が全てじゃないもの」
リズさんが私に軽蔑の眼差しを向けながらそう言った。
絶対そう言うと思っていたわ! その言葉を期待していたのよ!
「何も飾らないありのままの彼女が私は好きなのよ」
リズさんは声を張り上げる。
周りのリズさん信者達はリズさんの言葉に感動しているようだ。リズさんの言葉に大きく頷いている。
「好きとか嫌いとかの問題じゃなくて、世間の評価の話をしているのよ。世の中、見た目が全てよ」
「それは間違っているわ」
「そうかしら?」
「そうだ! そうだ!」
「貴方みたいに中身が最低な人はここからいなくなるべきだわ」
いきなり周りが騒がしくなった。まるで動物園みたいね。
外野は黙っていて欲しいわ。
「ぼろぼろの布を体に巻き付けた人と身なりを綺麗にしている人を道端に倒れさせる実験があったのをご存じで?」
私がそう言うと、周りはまた静かになった。
なんだかんだ言ってやっぱり育ちの良い人達が集まっているのよね。
「どういう結果になったと思います?」
私が探るようにリズさんを見ながらそう言うとリズさんは口を閉ざした。
……やっぱり物分かりがよくて賢いのよね。流石聖女様だわ。
「ぼろぼろの布を体に巻き付けた人は誰もが見て見ぬふりをして過ぎ去っていく、けど身なりをきれいにしている人にはすぐに助けを呼んであげるのよ。二人とも同じ人なのに」
私はそう言って軽く口角を上げた。
「人間はね、どこかで人を選んで生きているのよ、無意識のうちにね」
「それとエマの魅力がないっていうのと何が関係あるのよ」
……リズさんの隣にいる女子生徒、エマはリズさんの言葉に頷きながら私を見る。
「私が彼女の外見を評価するなら……三点かしら」
私がそう言うと、エマは顔を林檎みたいにして口を大きく開けた。
リズさんも私が言った言葉を信じられないみたいだわ。エマもリズさんも二人とも同じ顔をして私を見つめる。
「逆にどこに点数上げたの?」
ジルが少し嘲笑しながらそう言った。
「慈悲で三点上げたのよ」
「アリシアから慈悲と言う言葉が出るなんてね」
「失礼ね」
「彼女は可愛らしいし、だめなところなんて一つもないわ!」
リズさんが目を少し吊り上げて叫んだ。
今の私達の対立を写真に残したいわ。悪女と戦う聖女って感じ。素晴らしいわ!
「貴族なのに枝毛は多いし、髪はべたついている。靴下からは糸が出ているし、ゴムの所は随分とよれている……彼女と関わりたいとは思わないのよね」
向こうも私と関わりたいなんて一ミリも思っていないだろうけど。
エマの瞳が光る。私に対しての憎しみなのか怒りなのか悔しさなのか。
「別に素朴が悪いって言っているんじゃないわ。ただ魅力がないなって思ったのよ」
「彼女の事をよく知らないのにそんな事を言わないで」
「よく知らない人にはそういう判断をされるって事よ。現に私が眼帯をしている事で私の事を気味悪く思う人だっているじゃない。もし私が最高に心が綺麗だとしても私の事を何も知らない人からすればただの気持ち悪い女よ」
リズさんは納得した表情を浮かべた。
おお! これはこのまま押せば考え方を変えてくれるんじゃないかしら。
「見た目以外にも行動一つにしてもそうよ。股を開いて物を拾うのか、股を閉じて物を拾うのかで随分と印象が違うわ。見た目も行動もその人を表すのよ。彼女は魅力がない上に下劣な事をした……それだけでどれだけの人間が黙って彼女の前から消えていくのかしら」
私は華麗に微笑む。
エマは少し怯えた表情をして後退る。
「自分で自分の価値を下げているのよ」
「そうだとしても、これから直せばいいわ」
リズさんが開き直ったようにそう言った。
……これはひとまず私の言っている事を理解してくれたって捉えていいわよね?
「一度人に与えた印象を変えるのは随分難しいのよ。どこかでそういう人なんだなって思いながらその人を見てしまうのよ」
「そんな風に見なければ良いんだわ」
「それは綺麗事だわ。良い印象はこつこつと積み上げて作っていくものなの……リズさんみたいにね。でも、その印象は一つの些細な言動で崩れてしまったりするのよ」
「彼女は……今からでも自分を変える事が出来るわ」
リズさんが真剣な瞳を真っすぐ私に向ける。
本当に彼女が更生できると信じている目だわ。
そういう事を心の底から言えるから彼女は皆から愛されるのよね……。
「彼女は出来るかもしれないわ。……でも全ての人が出来るとは思わないで」
私は静かにそう言った。
私はリズさんの監視役なんだから、ちゃんと世間を知ってもらわないと。
……私の考えが絶対ではないけど、こういう人達もいるって事は知ってもらわないとね。
それにしても、まさか自分の声が録音されているなんて思いもしなかったわ。罠にはめられるなんて、私も大物悪女になってきたってことかしら。
これ以上ここにいても意味ないし、そろそろここから退出したいわ。
……ああ、そうだわ!
ハッとして、エマの元へゆっくり向かう。
静寂の中、私の歩く音だけが響く。まるで私が中心に動いている世界みたいだわ。
エマは私を少し怯えた目で見た。
「貴方の愛するリズさんは貴方をありのままでも魅力的だって言っているのだから、そばかす隠すのをやめたら?」
私は彼女の耳元でそう囁いた。
彼女は血相を変えて、目を見開いた。
「どうして……分かった……の」
彼女はかすれる声で私を見ながらそう言った。
分かったのは本当にたまたまだったんだけどね。よく見たら薄っすらと見えただけ。
リズさんもこの事に気付かなかったなんて私、もしかしたらリズさんよりも凄いんじゃ……調子に乗っちゃだめよ。
私はそのまま食堂を出ようとした。
お兄様達が私の為に道を空ける。勿論、視線は物凄く鋭いけど。
カーティス様やデューク様は相変わらず面白そうに私を見ているし……。こんな状況を楽しめるって彼らの精神年齢七十歳ぐらいじゃないの?
「アリシアちゃん……このままだといつか独りぼっちになっちゃうわよ」
私が食堂を出ようとした瞬間、リズさんの澄んだ声が聞こえた。
いつかっていうか、もうほとんど独りぼっちなんだけどね。
それに、ジルが私の側にいてくれる限り私は大丈夫よ。
「知っているわ」
私は振り向いて微笑み、ジルと共に食堂を出た。




