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『ちゃんと話せないの?』
いきなり私の声がどこからか聞こえた。
これってさっきの私が女の子に言った台詞だわ。
『ちゃんと話せないの?』
馬鹿にしたような棘のある言葉が繰り返し食堂に響く。
……自分の声をこんなに何回も聞くって恥ずかしいのよね。
これって魔法よね? なんの魔法だったかしら……ああ、出てこないわ。忘れてしまうなんて私も勉強不足ね。
「止めて下さらない?」
私は口角を上げてそう言った。
二階を一瞥したが今日は誰もいない。
どうせならリズさん達の前でこんな下世話な事をしたらいいのに。
「どうして? 自分の言った言葉でしょ? 堂々としていればいいじゃない!」
さっきの女子生徒の声だ。
何だかいかにも正統派っていう感じの女の子だわ。リズさんの友達って感じね。
髪の毛を耳の下で一つにまとめるのは良いんだけど似合っていないのよね……枝毛だらけだし、可愛らしい顔立ちなんだから若いうちにツインテールでもしとけばいいのに。
まぁ、人の趣味には口を出さないけど。
「何じろじろ見ているのよ」
「ああ、ごめんなさい。なんだか魅力がないな~と思って」
「何ですって!?」
目くじらを立てて、その女子生徒は怒鳴った。
……鼓膜が破れそうだわ。なんて声を出すのかしら。
もしかして私の耳を潰すって作戦?
もはや視線が非難や軽蔑というより私をこの学園から消したいっていう意思の方が強いみたい。
歴代の悪女達は皆この全校生徒に嫌われるっていう困難を乗り越えてきたのよね。負けていられないわ。
「何しているの?」
後ろからリズさんの声が聞こえた。
なんてタイミング! 素晴らしいわ! ヒロインはこのタイミングで登場しないとね。きっと運営も喜んでいるわよ。
「にやけないで、アリシア」
ジルは小さな声で私にそう言った。もはや呆れた顔もせずに真顔だ。
リズさんの後ろには安定のいつものメンバーがいる。
……ずっと美形を見て育ったら、彼らを見てももうなんとも思わなくなってきたわ。
食堂の女子たちはこんな状況でも黄色い声を上げて騒いでいる。
「どうしたの?」
リズさんがそう聞くと、さっきの女子生徒が私を押しのけてリズさんの元へ駆け寄っていく。
美形集団に色目を使いながらリズさんに話し始めた。
「リズ様! あのとっても酷い事を言われたんです。彼女がマリカにも酷い事を言っていて」
いちいちデューク様の方を見ないで欲しいわ。
話す時はちゃんと相手の目を見て話せって教わらなかったのかしら。
貴方の崇拝しているリズさんに失礼な態度だって自覚した方がいいわよ。
まぁ、教えてあげないけど。私はキャザー・リズの監視役なんだから。
それに大人になったら誰もマナーなんて教えてくれないのよ。
黙って人が離れて行くだけ。……私達はまだ学生だけどね。
……でも、流石に人に指を差すのは良くないわね。
「ねぇ、貴方、人の事をとやかく言う前に自分のしている事を自覚しなさいよ」
私は彼女を睨みながらそう言った。
彼女は一瞬怖気づいたように見えたけど、すぐに声を上げた。
「マリカっ! もう一度聞かせて頂戴!」
「え!? あっ……はいっ!」
あの特徴もなかった怪しい女の子の名前ってマリカって言うんだ。珍しい名前ね。
『ちゃんと話せないの?』
するとすぐに私の声がどこからともなく流れた。
人の言葉を録音して流せる魔法なんてあったかしら?
「メル」
デューク様の澄んだ声が微かに聞こえた。
……メル?
「うふふふふふ」
するとまたあの少し不気味な高い笑い声が聞こえた。ふわりと甘い香りが漂う。
「はいはーい」
「ゲッ」
いつの間にかメルはにこっと笑いながら私の隣にいた。ジルが嫌そうに声を上げる。
「貴方たしか……?」
リズさんが首を少し傾げてそう言った。
その瞬間、メルが目つきを変えてリズさんに近寄った。
「私の事覚えてくれてたんですか? 一度しかお会いした事ないのに~! メル感激!」
文面だと物凄く良い意味に聞こえるはずなのに……どうしてこんなにも背筋がゾワッとするのかしら。
声の調子は明るいのにどこか敵対心がある。そして何よりも目つきが尋常じゃないほど鋭い。
目つきを刃物で例えるならナイフよりも細長い日本刀みたいね。
視線殺しって技があれば確実に優勝できるんじゃないかしら。可愛い大きな瞳でお人形みたいな顔なのに、怒らせたら般若だわ。
「そんな嫌そうな顔しないでくださいよ~。私は役目を終えればここからすぐに消えますって」
メルは満面の笑みでそう言った。




