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授業が終わった後、私は人気のない中庭でベンチに座ってこれからの事を考えた。
「お屋敷に帰るのはまずいわよね」
「誰かがもうアーノルドにアリシアの事を報告している気がするんだけど」
「それもそうね」
「暫くの間、デュークの所で過ごしたら?」
「はい?」
婚約しているわけでもないのにデューク様の所で過ごすのは流石に無理よ。
ジルは真剣な顔でそのまま話を続けた。
「デュークなら事情も分かっていると思うし……それに多分、いつかはアリシアもデュークと婚約しないといけないでしょ?」
「婚約しないわよ」
「……それは無理だと思うな」
ジルは小さい声でそう呟いた。
……無理なの?
ジルに言われると本当に無理なような気がしてきたわ。
「アリシア!」
聞き覚えのあるこの声は……。
私は振り向き相手の顔を見る前に抱きつかれた。
普通、感動の再会はこういう反応よね。
一度、食堂で会ってはいるんだけど。それにしても力が強いわね。
「……あの、苦しいですわ、ヘンリお兄様」
私がそう言うと、ヘンリお兄様は腕の力を緩めてくれた。
まだ抱きついたままなの?
「さっき食堂で見た時は驚いた」
ヘンリお兄様は私にしがみつきながらそう言った。
ヘンリお兄様が物凄く私の事を心配してくれていたのがよく分かる。
ゆっくりヘンリお兄様は私から手を離して私の顔をじっと見た。
……少し背が高くなったかしら?
私も高くなったけど、ヘンリお兄様も結構高くなったわよね。
「大きくなったな」
そう言って、ヘンリお兄様は私の頭を撫でてくれた。
「そんなに心配してくれたのですか?」
「そりゃな。まぁ、デュークの心配度に比べたらそんなにかもしれないけど」
「デューク様が? 私の事をそんなに心配してくれていたの?」
私は驚きのあまりつい声を上げてしまった。
デューク様はそんな素振りをあまり見せなかったもの。
だって、感動のハグもなかったし……。
「あいつが一番アリシアの事を心配してたと思うぞ」
そういえば、あの学園の森の中で会った時、平然としていたような気がするけど、呼吸が荒かったし、髪も少しだけ乱れていたような……。
急いで私の元に駆けつけてくれたのかしら。
あの時は、デューク様が現れた事にも驚いていたし、何よりもメルの方に意識が行っていたからあんまり気にしていなかったのよね。
「そんな事よりアリの噂が凄い事になっているぞ」
「ええ、知っていますわ」
「それで、その噂を消すためにデュークが」
「消すですって!?」
「まぁ、話を最後まで聞けって。消すためにアリの悪口を言っている奴をデュークはどうしたと思う?」
……まさかの質問形式なの?
私が分かるわけないじゃない。……でもデューク様って結構優しいからそんなに厳しい事はしていないと思うんだけど。
「停学とかですか?」
私がそう言うと、ヘンリお兄様は私を鼻で笑った。
「それなら良かったんだけどな」
「優しいのはアリシア限定だと思うよ。デュークって冷たい人間だよ、信頼している人間以外。自分が惚れている女の悪口を言っている奴がいたら退学にしていると思うよ」
ジルが無表情で口を挟む。
私よりジルはデューク様の事について詳しいんじゃないかしら。
「デューク様が冷たいなんて意外だわ」
「そうか? 俺、初めてデュークを見た時は背筋凍ったぜ」
「美しすぎて?」
私がそう言うと、ヘンリお兄様は軽く笑った。
「それもあるけど……子供のくせにびっくりするぐらい大人びた表情してたんだ。しかも目が誰かを凍らせそうなほど冷たい目だったんだ」
私と最初に会った時はそんな風に感じなかったわ。
「でも、ヘンリお兄様達とは仲が良いじゃないですか?」
「まあな。俺らと口を利いてくれるまで長かったけどな」
「今はアルバート達とは上辺になっているんじゃない?」
「そうだろうな。デュークも大人だから表情には出さないようにしているけど、アリシアの悪口を言っていた時は殺気が凄かった」
「デュークはアリシアの悪口を黙って聞いていたわけ?」
「いや、それは」
「そういえば、私の悪口を言った人達はどうなったのですか?」
私は思い出したようにそう言った。
……聞くタイミングを間違ったかもしれないわ。
私もデューク様がどうしてお兄様達の悪口を黙って聞いていたのか気になるのに。
「二人死んで、そっからほとんどデュークの前で悪口を言う奴はいなくなったかな」
ヘンリお兄様は少し顔をしかめてそう言った。