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なんて居心地が悪いのかしら。
前にいる生徒達からちらちらと視線は感じるし、ゲイル様やアルバートお兄様には睨まれるし、リズさんに訝し気な目で見られて、カーティス様とデューク様は楽しそうな顔でその様子を見ていて、ジルはジョン先生の講義を目をキラキラさせながら真剣に聞いていて……。
「じゃあ、この問題が分かる者は?」
ジョン先生が生徒全員に向かってそう言った。
ちらほらと手が挙がる。勿論、リズさんも手を挙げている。やっぱり真面目なのね。
「はい」
隣でジルが手を高く挙げた。
嘘でしょ。私は思わずジルを凝視した。
二十歳の人達が受けている講義よ?
それに、ジルがこんなに積極的に手を挙げるなんて……。
「おお。君は……」
「ジルです」
ジョン先生がジルの方を見て驚いた表情を浮かべた。
一斉にジルに視線が集まる。
「どうせ目立ちたいから挙げただけだろ」
「子供に分かるわけないわ」
「やっぱりあの女の隣にいるだけの事はあるな」
「授業の邪魔よね」
ちらほらそんな声が聞こえた。
本人たちは聞こえていないつもりで話しているみたいだけど……がっつり聞こえているわ。
でも、ジルはそんな事を全く気にせずジョン先生だけを見ている。
「じゃあ、ジル。斑点病は何の薬草で治ると思う?」
斑点病は体中に緑色の斑点が出来て、そのまま死に至る病。
確か、原因不明で発症するのよね。そして今、ジョン先生が言っている薬草は重宝されている。
滅多に見つける事が出来ない薬草。この薬草名を知っている者はほぼいない。
「マディ」
ジルは落ち着いた声でそう言った。
「マディは高い崖の上に咲くと言われている花で、一年に数本しか取れない。そして斑点病が一番発症している国はラヴァール国。つまり、斑点病の原因がラヴァール国にある可能性が高い」
ジルが灰色の目を光らせながら淡々と話している。
この教室にいる全員がジルに視線を向けて固まっている。
ジョン先生もまさかここまで答えるとは思わなかったのか目を大きく見開いた。
答えた子が十一歳の少年だったという事に驚いているのだろう。
いつの間にそんなに賢くなったのかしら。
「そうだ、その通りだ。ラヴァール国に斑点病の原因があると考えられているんだ。お見事」
そう言って、ジョン先生が柔らかく笑った。
「ラヴァール国にはデイゴン川という世界最長の川が流れているが、その川は世界で一番汚いといわれている。つまりデイゴン川特有の菌が斑点病の原因だと私は考えている」
ジョン先生が生徒全員に語り始めた。
多分、ジョン先生は斑点病とそれを治す薬草については教えていたのだろうけど、その原因として推測される話は何も言っていなかったのだろう。
ジルは魔法が使えなくて無力な事を物凄く自覚している。だから、頭だけは誰よりも賢くなろうとしているのだろう。
お飾りな五大貴族よりも本当に能力がある者が上に立つべきだわ。
……ウィルおじいさんはどうして王宮から追放されたのかしら。
「ジルって凄いな」
カーティス様がジルの方を見てそう言った。
凄いなんてもんじゃないわ。彼が二十歳になったら世界で最も賢い学者になるかもしれないわよ。
世界一の悪女と世界一の学者、最高の組み合わせね。思わずにやけてしまうわ。
きっとジルみたいな子を天才と呼ぶんだわ。
「青は藍より出でて藍より青し」
私は小さくジルを見ながら呟いた。
「何それ?」
ジルはきょとんとしながら私を見て聞いた。
……前の世界の言葉はここでは通じないわよね。
「さあね」
私は薄く笑ってそう言った。




