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「まぁ、これはデュークの勝手な考えだからしょうがないかもしれないけどね」
メルは何か諦めたようにそう呟いた。
「最低なんて言ってごめんなさい」
彼女はいきなり私に頭を下げた。
突然の行動に驚いた。ジルも目を丸くしてメルを見つめる。
まさか自分が謝られるとは思わなかった。
自分のした事を謝れるって凄いわね。当たり前だけど、それが出来ない人が沢山いるのに。育ちの良さが出ている。
「でもね、主もなかなか大変だったと思うんだ~。そんなのアリアリには全く関係ないんだけど。とりあえず話だけでも聞いてくれる?」
メルは少し苦笑しながらそう言った。
私は小さく頷いた。今は授業中だし、誰も邪魔は入ってこない。
「キャザー・リズがね、一番最初にデューク達の所に現れた時に言った言葉が、身分なんておかしいわ、私は貴方達とお友達になりたいだったの。まぁ、それがアルバート様やゲイル様には新鮮で珍しかったんだろうけど。五大貴族だからって遠慮されてそんな風に声をかけてくる人がいなかったからね」
メルは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。
そんなにリズさんが苦手なのかしら。
確かに、最初の台詞だけ聞くと頭がおかしい人だわ。
平民でもこの世界の身分制度は十分分かっていると思うのだけど。
というか、主の事は呼び捨てでお兄様やゲイル様の事は様付けで呼ぶのね。
「ずっと近くで観察してたの?」
ジルが不思議そうな顔をして聞いた。
メルがそんなにも前からリズさんを観察していたのなら、どうしてメルがリズさんの監視役じゃないのかしら。
「そうよ。私、気配を消すのが特技だからね」
そう言って誇らしげに笑った。
見た目は十分派手なのに時には陰になる事もできるって事ね。
こういう人が一番怖いのよね。
「キャザー・リズって鈍感で無神経で人の心に遠慮なしに入り込む、好奇心旺盛なのは良い事だけど、空気が全く読めないの。それに最初は遠慮なしに心に入り込まれるのをうざがっていたくせにそのうちそれが気持ちよくなっていくのよ」
「そうやって人の心を次々と掴んでいくってわけだ、それも無意識に」
すぐさまジルがメルの意見に同調する。
メルは自分の爪を軽く噛んで地面を睨んでいる。
可愛い顔が台無しだわ。本当にリズさんのことが嫌いなのね。
さっきまでの軽く明るい口調が嘘みたいに重く毒のある口調に変わっている。
「メルはリズさんと関わりがなかったの?」
「私は見ているだけよ」
「デュークはどうしてキャザー・リズに落ちなかったんだろうね」
ジルは顎に手を添えながらそう言った。
確かに、そこが一番の問題なのよ。
どうしてデューク様はリズさんに落ちなかったのだろう。
美少女だし、包容力があって優しさに溢れて純粋な心を持っていてまさに男の理想じゃない?
「……ん~、それはもっと強烈な女性を先に見ていたからじゃない?」
そう言ってメルが私の方に目を向けた。
あら、私?
普通のお嬢様ではなかったことは認めるけど、私はデューク様のタイプの女からほど遠いはずよ。
もしかしてリズさんより先にデューク様の脳に凄い印象を残したのがまずかったのかしら。
でも、私、基本的に嫌な女だったし……。
「アリアリの考えってキャザー・リズと全く違うでしょ? キャザー・リズは物凄く良い事を言っているしその考え自体は間違いじゃない。けどそれは単なる理想」
そう言って笑うメルの顔に私は恐怖を覚えた。
「行動してないでしょ、彼女。けど、アリアリは現実的で未来を見ている。残酷だけど、ちゃんと行動しているし……普通貧困村に行くなんて」
「え?」
メルが途中でハッとなり口を閉ざした。
やってしまったって表情を浮かべて私を見ている。
……どうして私が貧困村に行っていた事を知っているんだろう。
メルが知っているって事はデューク様も知っていたって事かしら。
「どうしてメルがそれを知っているの?」
「えっと……」
「デュークから聞いたとか? 従者は主の考えに影響されるし、だからメルにはキャザー・リズに対しての反抗心があるし、話した事もないのにアリシアに対して好意を抱いている」
ジルが当たり前のようにそう言った。
ジルって本当に十一歳なのかしら。話し方が大人みたいだわ。
「せーいかいっ! 流石ジル君頭が良いね! ジル君が貧困村出身って事を真っ先に調べたのは我が主ですから~! まぁ、それを知った時に主の顔は凄かったけどね。心配でたまらなかったんだろうけど、そんな表情はアリアリの前では一切見せていないでしょ?」
嬉しそうにメルが笑った。
表情も口調も本当にすぐ変わる。多分私が会ってきた中で一番キャラが濃い気がする。
この子がどうしてゲームの中に出てこなかったのか不思議でならない。
メルってメインキャラじゃないけど、確実に固定ファンがつくようなキャラなのに。
「アリアリの周りに危険がないかは常に気にしてたよ。あっ、アリアリを監視してたとかじゃないから安心してね。あのデュークにしては随分我慢してアリアリを見守ってたと思うよ。まぁ~、本当に頼んでもないのに見守るって言い方もおかしいけどね」
……最後の一言、心が痛い。自業自得だけど。
「アリアリが学園から消えて一年ぐらい経った時にね、アリアリの悪口が急に増えたの。多分、もう帰ってこないって思ったんだろうね」
メルが何の躊躇いもなしに話し始めた。
……私、メルと気が合いそうだわ。
「本人の前でそれを言うんだね」
「アリアリなら気にしないかなって」
「私の性格まで分かっているなんて凄いわね」
「アリアリに誉められたっ!」
「あんたの方が年上なんだろ。早く続き話して」
ジルが呆れた顔をしながらメルに言った。
この中で一番大人なのはもしかしたらジルなのかもしれない。
メルはつまらなさそうな表情を浮かべながら続きを話し始めた。
「勿論そんな状況になればなるほどデュークの機嫌はどんどん悪くなってね。ほとんど笑わなくなって……そんな時にキャザー・リズがデュークに近づいたの。一緒にお茶しませんかって、私、貴方の笑顔を見たいわって」
いかにもヒロインの台詞って感じだわ。
普通ならいちころになっているんだろうけど、デューク様は私の事が好きみたいだから、多分、その言葉に対して嫌悪感しか抱かないわよね。
「アリアリが今想像している通りだよ。デュークは冷たくあしらったの」
「けど、キャザー・リズはデュークのその行動が何かの悲しみや寂しさからきていると捉えてデュークに心を開いてもらおうとどんどん関わっていこうとした」
ジルがメルの話に付け足すようにそう言った。まるでその現場を見ていたみたいに。
メルが目を丸くしてジルを見た。
「知ってたの?」
「いや、キャザー・リズならそうするかなって。ただの憶測」
「へぇ~」
メルはジルに興味を持ったみたいだった。最初ジルを見た時は冷たい目だったのに。
けど、メルのジルへの態度がどんどん変わっていく様子は別に不快ではなかった。
むしろ潔さが出ていて見ていて気持ちよかった。
リズさんはきっとジルが貧困村出身と聞いたら可哀想だっていう同情の目を向けて接する。
皆同じ人間なんだからそんなのって酷いってきっと言うわ。
けど、メルは最初から疑って観察する。世間から嫌われている人間であっても気に入ったら、とことん好きになる。
私の事好きだって言っていたけど、それは膨大な観察をしてそう判断したのだろう。
「ねぇ、メル。今、デューク様がどこにいるか分かる?」
「多分、今の時間帯だと食堂かもしれないわ」
「食堂にいるの?」
ジルが驚いた表情で尋ねた。
デューク様が食堂にいるの? 嘘でしょ。
「食堂って言っても、生徒会しか入れないテラスで食べているわよ」
メルが私達の表情を見て慌てて付け足した。
ああ、そういう事ね。デューク様レベルが皆と一緒に食事はしないわよね。
「アリアリ、デュークの所に行くの?」
「そうね、言いたい事と聞きたい事があるからね」
私はそれだけ言って森から出ようとした。
少しの間だったけど、学園に通っていたから食堂までの行き方ぐらいは覚えているもの。
私が歩き始めるといつの間にかメルの気配が消えていた。
ジルもそれには気付いたようだった。
……確かにこんなに気配を一瞬で消せるならいつどこから現れてもおかしくないわね。
流石デューク様の従者ね。
「メルって何の魔法」
「土の魔法よ」
私が小さく呟いた途中でどこからともなく声が聞こえた。……まだ近くにいたのね。
というか、今土魔法って言った? 初めて会ったわ!
この乙女ゲームって少し変なところがあるから、土魔法がモブ的存在なのよね……。
でも、とりあえず今はデューク様の元に行かないとね。
私は少しだけ歩くスピードを速めた。