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ゆっくり瞼を開く。緑が視界を占領する。新鮮な空気を感じられる。
……森? 人気がない。
「ここどこ?」
ジルが周りを見渡しながらそう言った。
「安心して、学園の中だから」
メルが笑顔でそう言った。
やっぱり、なんだか不気味なのよ。
「ここなら人もいないし、思う存分お喋りできるね」
「何を話すの?」
「だ~か~ら~、そんなに警戒しなくていいよ」
「するよ」
ジルが私よりも先に答える。
メルは少しムッとした顔をジルに向ける。
そんな顔も可愛らしいわね……やっぱり十八歳には見えないわ。
「大丈夫だって、私本当にアリアリの事好きだし」
「会った事もないのに?」
「見た事あるよ、有名だし」
「それだけ?」
「まあね~、でも本当にアリアリの為なら私なんだってするよ」
「信用できない」
「どうしたら信用してくれるの?」
ジルとメルだけで会話が進んでいく。
どうしてメルは私の事が好きなんだろう。
私に話しかけてきたことないよね。
もし話しかけられたら絶対に覚えているもの。
「ねぇ、その目どうしたの?」
メルは私の方を向いてそう言った。その顔は好奇心に満ち溢れていた。
「私のどこを好きになったの?」
私はメルの質問を無視してそう言った。
年上だから敬語を使った方が良いのかと思ったけど……二年間も誰とも話さなかったら話し方を忘れてしまったのよね。しょうがないよね。
「私の質問は~! まぁ、言いたくないならいいけどさ。最初に見かけたのは旧図書室だよ。その時はただの賢い女の子だなって思ってたんだけど、お茶会の時に……あの時は本当に全身痺れたね」
そう言ってメルは恍惚として表情を浮かべた。
「私、キャザー・リズの事が大っ嫌いなの! 本当にムカつくの!」
メルの顔が段々赤くなっていく。
本当に子供みたいだわ。
「ただ愚痴を聞かされるなら私はもう行くわ」
私はそう言って歩きだそうとした。
「彼女の事を嫌いな人は私だけじゃないよ」
メルが低く落ち着いた声でそう言った。
その表情はかなり大人びていた。
「私、アリアリの現実的な考え方が好きなんだっ。二年前のお茶会の時にアリアリには惚れたんだけど、さっきジェーンを殴った時は本当に最高だった! 惚れ直したよ。あの子、キャザー・リズが大好きなんだよ。崇拝してるレベルで」
メルの表情がコロコロ変わっていく。
「とりあえず、私はアリアリ側だって事が言いたいの」
「私、仲間はいらないわ」
私は笑顔で断った。
「何しているんだ?」
急に聞き覚えのある声が聞こえた。
透き通った艶のある男声……デューク様?
私は声がした方に振り向く。
身長がまた高くなっているような……。前より短髪で、翡翠色のピアスが増えている。直視できないようなオーラを身にまとっている。
人って二年で結構変わるのね。
「シャープな顎に、美しい海みたいな瞳、綺麗な色の濃い肌に、逞しい身体……」
メルがうっとりしながらデューク様を見ている。
「メルってデューク様を好きなの?」
「違うわよ。アリアリの心の中の声を代わりに私が言ってあげてるの!」
「私、そんな事、思っていないわよ」
「婚約者なのに?」
「それは間違いだと思うのだけど」
「ああ、間違いだな」
すかさずデューク様がそう言った。メルは大きな目をさらに大きくした。
「じゃあ、噂は……」
「俺が婚約を申し込んだが、肝心のアリシアがいなかったから成立はしていない」
私はデューク様の言葉に胸を撫で下ろした。
良かったわ。
というか、デューク様がいるんだったらウィルおじいさんについて聞きたい事があるのよね。
「なんかアリアリ、とても安心してるみたい」
メルが私を不思議そうに見ながらそう言った。
「というか、どうしてここに?」
「アリシアの気配は分かる」
「確かに、凄まじいオーラがあるものね~」
「綺麗だな」
「うわっ! デュークからそんな言葉出るとは思わなかった! そんな甘くて優しい表情出来るんだ。やっぱりアリアリは特別なんだね~」
「アリシアに会えない間、眉間に皺が寄っている事多かったよね」
「本当それぇ! ずっと怖いオーラを放ってて近寄れないし」
「メルとデュークはどういう関係なの?」
私がウィルおじいさんの事を考えている間に話が進んでいた。
ジルはもうメルに警戒していないみたいだ。
そう見えるようにしているだけかもしれないけど。
「私の主がデュークだよ」
メルは笑顔でそう答えた。
「「え」」
私とジルの声が重なる。
デューク様の従者がメルって事?
なんだかもう頭の中が混乱し過ぎてわけ分からない。情報量が多すぎるわ。
「だから、デュークが惚れている女の子に興味あったんだよ、うふふふ」
そう言ってメルはまた少し不気味な笑い声を上げた。
「まぁ、私もアリアリの性格とその美貌には惚れちゃったけどね」
メルはそう言って満足気に笑った。
……メルのペースにはついていけないわ。




