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私はゆっくり声のする方を見た。
えっと……誰だろ?
小豆色の瞳が私をじっと見つめる。
清楚ってこういう女の子の事をいうんだろうなって思わせるような容姿だ。
「あの、この学園から出て行った方が賢い判断だと思いますわ」
私は一瞬耳を疑った。
まさかこんな委員長みたいな女の子がそんな事を言い出すなんて思いもしなかった。
「は?」
ジルが私よりも先に言葉を発した。
「そうだ!」
「ジェーンの言う通りだ!」
「出ていけ!」
やっぱり委員長の意見には皆乗っかるものなのかしら。
この清楚系のお嬢様はジェーンっていうのね。ニコニコしているのが癪に障るわ。その気持ち悪い笑みを止めてほしいわ。
それに、本当に耳障りな声達だわ。
「ねぇ、アリ」
ジルが声を発したのと同時に私の拳がジェーンの顔にめり込んだ。
我慢の限界を超えるってこういう事を言うのね。
悪口は言われてもいいんだけど、どうして私が学園から出て行かなきゃいけないのよ。
それに魔法が使えないなら拳で戦わないとね。
「ガッ……!」
ジェーンは見た目からして考えられない低い声を上げた。
わぁ、随分と吹っ飛ぶわね。
普段鍛えている成果がこんなところで出るなんて。
……死んだら退学になっちゃうわ。まぁ、死なない程度に殴ったから大丈夫よね。
鼻の骨は多分折れているだろうけど。
そのままジェーンは芝生の上にドスンと倒れた。
あら、随分と鼻血が出ているみたいだわ。それに、失神したみたい。
ジルが目を大きく開いてぽかんと私を見る。
さっきまでの騒ぎが嘘みたいに一気に静かになった。
ああ、手が痛いわ。殴る時って自分の手も痛くなるから嫌なのよ。
「私、退学にならないわよね?」
ジルに小声で聞いたけど、返事が返ってこない。
そんなに驚く事かしら?
そうね……これを機にもう少し皆を脅しておこうかしら。
私はゆっくり後ろを振り向いた。
皆の目に恐怖と焦りが表れる。
そうそう、その目で私を見て欲しかったのよ。
「誰から潰そうかな」
私は全員を見下すように笑顔で言った。
言ってから気付いたけど、これは狂気的だったかもしれない。もっと悪女っぽく言いたかった。今さら後悔しても仕方ないわね。
一気に皆の顔が青ざめていく。
彼らに問い詰めたら、私は何も言っていないって言いそうな感じね。
根性が全くなさそうだわ。
「うふふふふふ」
急な笑い声に悪寒が走った。……不気味だわ。
私は笑い声がした方に目を向けた。
木からひょこっと降りて私の元に近づいてくる。
関わらない方が良さそう……。ジルよりかは大きいけど小柄な女の子。
ラズベリー色のくりっとした目に桃色の髪の毛をツインテール……お人形さんみたいだわ。
こんなラブリーな子、ゲームにいなかったような気がするんだけど。
甘い匂いがほのかに漂う。
「こんにちは、アリシアちゃん! 私、メル、よろしくね」
可愛らしい声でそう言って私の目の前に立った。
じろじろと私の顔を凝視する。
「超可愛い~! 瑞々しい肌にその美しい瞳……片っぽだけだけど。でも、美少女~! 食べちゃいたい」
私の顔に物凄く顔を近づけながらメルはそう言った。
この人とは本当に関わらない方が良さそう、私の直感だけど。
危ない感じ……黒いオーラが見えるわ。
触るな危険って感じかしら。
ジルも私と同じ考えをしているみたいだ。
目で私にこいつやばいぞって訴えかけている。
「お兄様達なら生徒会で今集まっているからいないと思うよ」
メルは何が楽しいのか分からないが笑いながらそう言った。
「ちなみに私から見るとすっごい仲悪そうだよ、生徒会! あっ!アリアリの婚約者が今生徒会長なんだけどね~」
え? アリアリ?
「副会長のリズちゃんと上手くいっていないみたいだし~。アリアリのせいでこの学園は無茶苦茶!」
どうしてそんなに嬉しそうなのかしら。
「私、ヘンリやアランと同級生なんだけど……」
「え? 十八歳?」
「十八歳だよ。メルって呼んでね」
十八歳とは思えない容姿だし……喋り方で余計に幼くみえる。
メルはジルの方に目を向ける。
「君も可愛いね。名前は?」
ジルはずっと警戒したまま黙ってメルの方を見ている。
「喋れないの?」
「ジルよ」
私が代わりに答えた。
「へぇ~」
メルは冷めた目でジルを見下ろした。
その目に私はぞわっとした。
本当に彼女は危ない。私の全身でそう感じた。
「ねぇ、アリアリ、そんなに警戒しなくていいよ」
メルは笑顔でそう言っていきなり私とジルの手を思い切り掴んだ。
その瞬間、目の前の景色がぐにゃんと揺れた。
ああ、転送魔法だわ。……出来るのね。
私は目を瞑って息を止めた。ジルもそれに気付いたのかすぐに目を瞑り息を止めた。
酔うのだけは絶対に嫌だもの。