115
門に入って暫くすると生徒が何人か見えてきた。
皆、私達を見た瞬間、ひそひそ話をし始める。
行儀悪いわね。
人ってどうして声を潜めて悪口を言うのが好きなのかしら。
二年前とは比べものにならないくらいの鋭く冷たい視線を全身で感じる。
「ねぇ、彼女、ウィリアムズ・アリシアじゃない?」
誰かの甲高い声が聞こえる。
あら、もはや知らない人にまで私の名前が知れ渡っているみたいだわ。
私、もしかしてなかなかの大物?
……ダメよ、調子に乗ったら。
私はそう自分に言い聞かせる。
「見て、眼帯しているわよ」
「やだわ、女の子なのに」
「何があったんだろうな」
「綺麗な顔も台無しね」
「なんか、気持ちわるいわ」
「呪いで目が腐ったんだよ」
突然クスクスと笑い声が聞こえた。
凄いわ、眼帯効果って。
眼帯のおかげでいつもの倍の悪口を言われているかもしれないわ。眼帯に感謝ね。
ジルを見ると、目で人を凍らせる事が出来そうなくらい冷たい目で歩いている。
これは、演技なのかしら?
「堂々と歩いているのが目障りだよな」
「美人だけど心は醜い女だな」
「確かにそうですわね」
「私はリズ様の方が美人だと思うわ」
「リズ様と比べてはいけないわ」
「彼女より心が綺麗な人にわたくしまだ会った事がございませんわ」
「リズ様の足元にも及ばないだろ」
本人達は聞こえていないと思っている話し声が全部私の耳に入る。
私は言われれば言われるほど満足気な表情を浮かべるのだが、ジルはどんどん険しい表情になっていく。
それにしても、まさかここまで言われるとは、嬉しいものね。
リズさんの努力は報われるって言葉は正しかったのかもしれないわ。
「もう来なければ良かったのにな」
「早く帰ってほしいですわ」
「アルバート様もアラン様もヘンリ様も皆素敵な方達なのに……」
「彼女だけ出来損ないって事? ウィリアムズ家も可哀想ね」
「顔は良いのに何にも出来ない女って……邪魔なだけだろ」
本人がここにいるのにこんなに近くで悪口を言ってくれるなんて有難いわ。
私は悪口を言っている人たちの方を一瞥した。
その瞬間、さっきまで私の悪口を言っていた人達の表情が強張った。
睨んだわけでもないのに一気に空気が張り詰める。
一気に私の周囲が静かになる。
片目でこんなに人を怯えさせる事が出来るって……やっぱり私、絶対悪女の才能あるわよ!
でも、悪口は別に続けてくれても良かったんだけど。
「なんだよ」
「あんたなんか別に怖くないわよ」
まぁ、この学園では基本的には身分なんてほとんど関係ないから、私も細かい事は言わないけど。
初対面であんたって言うのは……貴族としてどうよ?
暫く誰とも話していなかったから多少口が悪くなっても仕方ないよね。
……いや、何も喋らないでおこう。
私は無視して歩き出した。
この学園って無駄に広いから校舎までが遠いのよ。
「デューク様の部屋に無理やり入ったから停学になったくせに!」
「そうよ、どうせこの二年間も男と遊んでいたんでしょ」
「本当に最低だな」
後ろから荒い声が聞こえた。
私は足を止めた。
声と空気だけで私に対して凄まじい軽蔑の視線が向けられている事が分かった。
いつのまに私は停学した事になっているの。噂って怖いわね。
しかも理由がなかなか……悪女っぽいわ!
今日だけで私はどれくらいの悪女ポイントが増えたのかしら。
二年間も小屋に籠るなんて結構辛かったけど、良い事もあるのね。
こんなにも話が盛られているなんて。
「貴方にデューク様は不釣り合いだわ」
それは否めないわね。
「どうせその少年もあんたの好感度を上げるために連れているくせに」
「この子を保護しているんですって皆に見せびらかしているのよ」
「本当に可哀想だ。子供を道具としてしか見ていない」
「デューク様もそんな薄っぺらい嘘なんてすぐに見抜けるわよ」
……彼らは一体どうしたの?
頭がついにおかしくなったのかしら。
それとも私への偏見がジルにまで影響しているって事?
ジルの目から凄まじい殺気が放たれている。
あら、もうすぐキレそうだわ。
「ああ、本当にリズ様と婚約して欲しかったわ」
「そうよ、どうしてこんな人とデューク様は婚約したのかしら」
「今頃、後悔してるだろ」
……ちょっと待って。
私はジルに目で訴えかける。
ジルは私の目から私の言いたい事が分かったのか、小さく頷いた。
いつ婚約したの!?
「あの、少しお話ししたいのですが……」
突然、横から可愛らしい声が聞こえた。