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「お母様?」
「そうよ、お母様」
僕はアリシアの母親を見た事がない。
「最近忙しいからあんまり家にいないらしいわよ」
アリシアは乱雑に木から出ている枝をくぐりながらそう言った。
「なんて言われたの?」
「アルバートお兄様とゲイル様とカーティス様がレベル80を習得したとか、デューク様がレベル100を超えたとか、そういえばリズさんはレベル100を習得したみたいよ」
「は!? え!?」
僕は思わず変な声を上げた。
外からの情報を断ち切っていたから、全く知らなかった。
そう言えば、デュークは一つピアスが増えていたな。
翡翠色の魔法石が蒼い魔法石の隣につけられていた。
あれは、レベル100を超えたからか。
……凄いなんてもんじゃない。
これは普通じゃない。あり得ない事だ。
どうして今までになかったことがこんな一気に起こっているんだ?
「おかしい、こんなの」
「まぁ、ゲームの主人公達なんだから超人が集まってて当たり前よね」
アリシアが物凄く小さな声で呟いた。
ピアニシモの声量レベル。
ほとんど聞き取れなかった。聞き直したところで彼女はきっともう一度同じ事は言わないだろう。
だって、僕に聞こえないように呟いたのだから。
「風の便りで聞いたんだけど、キャザー・リズって物凄く学園でも町でも人気らしいよ」
「あら、予想通りだわ。貧困村には行っていないの?」
「来るわけないでしょ。口だけだよ、彼女は」
「まぁ、彼女が人気になってくれれば私の悪女としての名前も売れるわ」
そう言って嬉しそうにアリシアは笑った。
彼女は本当に変わっている。
自分の利益のためだけに動いているはずなのに、何故か魅力的で嫌いになれない。
それに良い人材が彼女の元へやってくる。やっぱり女神なのかもしれない。
「他に何か言われなかったの?」
「う~ん、やるならとことんやりなさいって言われたぐらいかな」
「それだけ? なんか想像していたのと違う」
「私のお母様って少し変わっているのよ。普段は能天気で穏やかなんだけど、どこか肝が据わっていて……とにかく変なのよ」
「変なんだ」
そこは似ているねって言おうと思ったがやめておいた。
「霧が見えてきたわよ……ってこの二年間どうやって貧困村に行ってたの?」
「これ」
僕は薄ピンクの液体が入った瓶をアリシアに見せた。
アリシアは瞠目した。
まさか僕がこれを持っているなんて思わなかったのだろう。
「それ、どうしたの?」
「アリのお父さんに貰ったよ」
「お父様が……」
アリシアは小さく呟いた。
驚きと嬉しさが混じった表情だ。
「エイベルっていうらしいよ」
僕は瓶を軽く揺らしてそう言った。




