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……やめる?
「どうしてですか?」
私はかすれるような声でそう言った。
「アリシアには危険な目に遭って欲しくない。またこんな事が起こったらどうする?」
お父様の目を見れば私を心の底から心配してくれているのだと分かる。
けど、心配無用よ。私は日々鍛えているもの。
「自分の身は自分で守れますわ」
私ははっきりとそう言った。
「まだ十三歳の女の子だ」
お父様は低く威厳のある声でそう言った。
あら、ようやく気付いてくれましたか。
「アリ、これがもっと大人数だったら殺されてたかもしれないんだぞ?」
「大丈夫ですわ。あの時、私が死んでいたならそれは……」
聖女のせいですわ、と言おう思ったが心の中に留めておいた。
お父様にはこれ以上心配を掛けたくないもの。
「全部、私のせいだ。アリは特別な才能があったから、つい色々頼んでしまった」
お父様はそう言って眉間に皺を寄せながら苦しそうな表情を浮かべる。
「気にしないでください、お父様。私なら平気ですわ。頼まれたからにはやり通しますわ」
今ここでキャザー・リズの監視役を解任されてしまったら、私が困るわ。
私は今までリズさんと対等に戦えるようにここまで努力してきたのよ。
歴史に名を残せるような悪女になるにはやっぱりリズさんは必要なの。
お父様達は私を駒にしていると思っているようだけど、実際私はリズさんを駒にして自分の悪女としての名を残そうとしているのよ。
我ながらなんて悪い考えをしているのかしら。
これは悪女としては満点の考えだわ。
「それでもだめだ。今、私がどれだけ最低な事を言っているのか分かっている。こちらから頼んでおいて急にやめろなんて理不尽なのは分かっている。……だが、アリ、私はお前にこれ以上傷ついて欲しくない」
お父様が真剣な表情で私を見る。
私がいかにお父様に愛されているのかが分かる。
けど、本当に理不尽な話ですわ。
確かに、リズさんはあまりにも頭がお花畑で取り巻き達も洗脳されているけれど、私は全然傷ついてなんかいませんわ。
呆れる事は沢山あるけど、悪役令嬢とヒロインよ?
意見が合わないなんて最初から知っていますわ。
こんなところで私は引き下がらないんだから。
「それでも、私はやめませんわ! 私は自分でこの道を選び、やり通すと決めたのですわ。その私の決意は誰にも変える事はできませんわ」
私は声を張り上げた。
空気が引き締まるのを肌で感じる。
「それはあまりにも身勝手過ぎますわ」
まぁ、私に身勝手なんて言われても嫌かもしれないけど、ここは悪女としてやっぱり一発入れとかないとね。
多分、私は今、なんて物分かりの悪い娘なんだって思われているわよね。
しかも私、結構声を上げて言ったから絶対にお屋敷にいる使用人さんには聞こえているはずだわ。
このまま、なんて悪い女の子なんでしょうって皆が噂をしてくれないかしら。
そしたら最高の展開なのに……。
「アリシア、分かってくれ」
「絶対に嫌ですわ」
悪女は決して考えを曲げないのですわ。
もし私がヒロインなら聞き分けよくすぐに諦めていたかもしれないけど……ごめんなさい、お父様、私、悪女ですの。
お父様が私をじっと見る。
そんな目をされても私は絶対に考えを変えませんわ。
「アリには本当に幸せになってもらいたいんだ」
お父様が落ち着いた声でそう言った。
私は少しだけ心が揺れてしまった。
ここまで私の事を思ってくれているお父様に対してこんなにも酷い態度をとっていていいのかしら。
……けど、私は立派な悪女になるっていう夢があるのよ。
それは誰にも邪魔させないわ。
これだけはお父様が何を言っても絶対に譲れないわ。
「お父様、私は……やめませんわ」
私は静かにそう言った。
お父様は私の目をじっと見た。
そして何かを悟ったように小さくため息をついた。
「じゃあ、条件をつける」
それは今までに聞いた事がないくらい貫禄のある声だった。
私は背筋が凍った。空気が変わるのが分かった。
こんなお父様の声は今まで聞いた事がないわ。
それに条件をつけるのも変な話よね?
でも、キャザー・リズの監視役を続けられるならなんだっていいわ。
やめさせられるよりずっといいもの。
「いいですわ。ですが、その条件をクリアすれば必ず私にリズさんの監視役を続けさせるという約束を下さい」
「わかった。約束しよう」
お父様は小さく頷いた。
お父様の行動全てが威厳に満ちていた。
「アリが十五歳になるまでキャザー・リズに会ってはいけない。……家族にも会ってはいけない。暮らす場所はこの屋敷の離れにある小屋だ」
お父様の目がギラっと光った。
「それに、アリが十五歳になった頃にレベル90の魔法を習得しておく」
何ですって? レベル90?
普通十五歳でレベル20を習得して魔法学園に入学するのよ。
最初の一文も意味不明だったけど、二つ目の条件は出来るわけな……そういう事ね。
あらかじめ出来ない条件を私に突き付けておけば、私がキャザー・リズの監視役をやめると思ったのね。
考える事がなかなか卑怯な手ね。
「これが条件だ」
お父様の低い声が部屋に響いた。
こんな条件本当におかし過ぎるわ。
でも、キャザー・リズの監視役を続けるにはこうするしかなさそうだし。
正直なところ、キャザー・リズの監視役を続けなくても彼女を虐める事はいくらでも出来るのだけど……やっぱり悪女としては一度決めたものはやり通さないとね。
歴史に残った時に大きく中途半端な悪女だったって書かれるのよ。そんな汚名は絶対に嫌よ。
「分かりましたわ」
私は覇気のある声でそう言った。
私の悪女魂見せてあげるわ。
お父様はまさか私が承諾するとは思っていなかったのだろう。
目を丸くして固まっている。
あら、後悔しても知りませんわよ?
もっと、厳しい条件を出せば良かったって思わせてみせますわ。
「……小屋だぞ?」
「ええ、大丈夫ですわ」
「二年間一人だぞ?」
悪女は孤独なものだもの。
これも修行だわ。
「分かっていますわ。ですが、本だけは支給してくださいね」
「レベル90……」
「習得してみせますわ」
私は満面の笑みでそう言った。