102
「死んだの?」
ジルが何の遠慮もなくデューク様にそう聞いた。
有難う、ジル。私もそれを聞きたかったのよ。
「さあな」
デューク様が誤魔化すように笑った。
……これは絶対何か知っているはずだわ。
けど、聞いたところで教えてくれなさそうだし。
何を隠しているのかしら。
「もう一つ聞きたいんだけど……」
ジルは眉を顰めながらデューク様を見る。
「何だ?」
「聖女って何年ぶりに現れたの? 本で読んだ限り聖女は伝説の人のはず」
「ああ、伝説だな」
デューク様は迷うことなくそう言った。
まって、聖女って伝説の人だったの?
私、多分その本を読んだことないわ。けど、ジルが読んだことあるって言っているんだから、私も読んだはずよね。思い出せないわ。
という事は、ヒロインは絶対に歴史に残るじゃない!
どうして、聖女と同じ時代に生まれてしまったのかしら。
私がどんなに凄い悪女になっても聖女の陰に隠れてしまうわ。
悪女として私が脚光を浴びることは絶対にないわ……。
「アリシア? そんな難しい顔してどうしたの?」
ジルは私の顔を覗き込んだ。
この場で今の私の思いを言いたいけど、デューク様は私が悪女になりたい事を知らないもの。
「なんでもないわ」
私はそう言って微笑んだ。
多分、ジルの事だから、私が何でもない事はないって気付いているはずだけど。
それにしても大変な事を知ってしまったわ。
聖女って年に一人は現れるものだと思っていたのよね。
けど、確かに今までリズさんみたいな人はいなかったものね。
ああ! 最悪だわ。今頃になってそんな事に気付くなんて……。
「その伝説のキャザー・リズは頭がお花畑で、現国王は無能って……」
ジルがそう言って嘲笑した。
ジルの言葉に私の背筋に冷たいものが走った。
まさかデューク様の前で国王様を無能って言うとは……。
私はゆっくりデューク様の方に目を向けた。
デューク様は瞠目したまま固まっている。
……これは逃げた方が良いのでは?
ヘンリお兄様も目を瞠ったまま突っ立っている。
暫く沈黙が続いた後、デューク様が声を上げて笑い出した。
こんなに笑っているデューク様を初めて見るわ。
声を上げて笑っているのに、全く下品に見えないわ。やっぱり王子は凄いのね。
「そうだな、無能かもしれないな」
デューク様は笑いながらそう言った。
……国王様ってデューク様のお父様よね。
そんな言い方して大丈夫なのかしら。
デューク様の様子に今度はジルが驚いている。
「俺、デュークの考えている事が全く分からない」
「私もですわ」
「僕も」
ヘンリお兄様の言葉にジルも私も便乗した。
しばらくの間、私達は茫然と突っ立ったままデューク様を見ていた。
その時にジルが小さく呟いた声が私の耳に響いた。
「聖女が現れたなら、次の国王陛下の結婚相手は聖女になる……」