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「やっぱり、何でもないですわ」
私はすぐに笑顔を作ってそう言った。
……というか、ただ寝ていただけとはいえ、未婚の女が男の人の部屋にいるのはまずいんじゃないかしら。
未婚というか、まだ十三歳なんだけど。
よし! 今すぐ帰りましょ。
「アリシア~」
扉の外からジルの声が聞こえた。
そうだわ、ジルも王宮にいるんだわ。
という事は、ヘンリお兄様もいるはずよね?
扉がゆっくりと開いた。
ジルの頭がひょこっと現れる。
「アリシア? いる?」
「いるわよ」
私はベッドから急いで降りて扉の方に向かった。
ジルの後ろにはヘンリお兄様もいらっしゃった。
あら、全員そろったわ。これで今すぐ帰れるわ!
「デューク、中に入るぞ」
ヘンリお兄様はそう言って、ジルを押しながら部屋に入ってきた。
いや、部屋から出ましょうよ。
どうして部屋に入ってきたのかしら。
「その格好で寝たのかよ」
ヘンリお兄様は呆れた様子でデューク様にそう言った。
「あ、アリシア、これ」
そう言ってジルが私に手のひらを見せた。
ジルの手のひらにはちょこんと小さな歯があった。
私は目を瞠りながら固まった。
「奥歯で良かったね」
ジルはそう言って笑った。
どうして持ってきたのと言いたかったけど、声が出なかった。
「本で読んだんだ。歯には記憶が詰まっているんだって」
ジルは私の表情で読み取ってくれたかのようにそう言った。
確かに、そんな話を私も読んだことがあるわ。
だから、歯は大切にしないといけないって話。
「いる?」
「いらないわね」
私は正直にそう言うと、ジルが少し顔を輝かせた。
「僕が貰ってもいい?」
「いいわよ。でも……歯よ?」
私は怪訝な表情でジルの方を見た。
何の価値もない歯を欲しがるなんて。
「いいんだ。もしかしたら、この歯には僕との思い出が詰まっているのかもしれないからね」
ジルはそう言って顔を綻ばせた。
……普通の可愛らしい素直な少年だわ。
若干捻くれてはいるけれど普通の男の子なのよね。
「ねぇ、あの廊下に飾られてた大きな絵って誰と誰?」
ジルはデューク様に向かってそう尋ねた。
大きな絵?
デューク様もきょとんとしている。
もしかして、前に私が迷子になって見た絵の事かしら。
国王様と……多分国王様のお父様の絵。
けど、どうしてジルがそれを気にしているのかしら。
「もしかして、俺の父親と伯父の絵か?」
デューク様の言葉に私は耳を疑った。
あの絵の人って国王様のお兄様だったの!?
でも、随分歳が離れているように見えたわ。
色々と話が分からなくなってきたわ。
普通、第一王子が王位継承権を持っているはずよね。
……どうしてデューク様のお父様が国王陛下になれたの?