01話
「ほーら、カイン。
起きてってば」
体をゆさゆさと揺すられて目が覚めた。
目を開けると、ディーラが俺を揺らしていた。
「早く起きて、今日が何の日か知ってるでしょ?」
今日?あっ!
「《適職》を受ける日だ!」
「だから、早く起きて支度してよ」
「あぁ!急いで支度する!」
すっかり忘れてたな。1番興奮してたのは俺だったってのに。
やっぱり興奮して中々眠れなかったからか。
布団を蹴っ飛ばして食卓へ向かう。
食卓には既に父さんと母さんがイスに座って待っていた。
「ありがとね、ディーラちゃん。
カインってば昨日遅くまで眠れなかったみたいだから」
「いえいえ、私も昨日は眠れませんでしたよ?」
「でもあなたはちゃんと起きてるでしょう?」
そう言って母さんは口に手を当てて笑う。ディーラも母さんと一緒に笑う。
起きなくて悪かったな!
「早く食べるぞ、お前たちは教会に行かないといかんからな」
父さんも黒パンを持って……ってそれ自分が早く食べたいだけじゃないか?
「うん、いただきます」
食べ始めてふとディーラが食事をしていないことに気がつく。
「食べないのか?」
「私はもう食べて来たから」
そうなのか、それなら早く食べきらないとな。
「ごちそうさま」
手を合わせてから席を立つ。
後ろから声が聞こえた気がするけど、聞かないといけない事じゃないと思うから、無視して玄関へ向かった。
外に出ると、ディーラが壁にもたれかかって待っていた。
「ごめん、遅くなった」
「いいよそれくらい」
ディーラはそう言うが、俺としては待たせることは駄目な事だ。自分が待たされる側なら待っていられないしな。
それから教会に向かって歩き始める。村中の子がそこに集まるから、教会はちょっとした祭りみたいに混んでいるんだろう。
「何の職が貰えると思う?」
歩きながらディーラが聞いてきた。
「ディーラだからいい職じゃないのか?」
俺はそれにぶっきらぼうに答える。
8歳になると《適職》を受けることが出来るが、それは大体は親の《適職》で決まってくる。
ディーラの父親が『魔道士』で、母親が『聖人』だから……
「『聖者』じゃないか?」
「そんなこと……でもカインが言うなら、それもあるかもね…」
ディーラが首を横に振ったが、すぐ縦に切り替わった。
どういう基準で考えてんだよ……なんか俺の評価がおかしいような気がする。
「自分で何か考えてたのか?」
「うん、『大魔導師』が良いかなーなんて。
あと少し回復魔法も覚えれたら良いかな」
『大魔導師』か、父親が『魔道士』なら可能性もない事は無いが、そんでもって回復魔法か……ん?ちょっと待て。
「それってやっぱり『聖者』じゃないか?」
「あっ!」
俺が指摘すると驚いた声を上げた。
いや、言ってて分からなかったのかよ。
「あとは『神官』か?攻撃魔法の質は落ちるけど、治癒魔法は確か『聖人』か『聖者』か『神官』しか無理だったはずだぞ?」
「そうなんだ……よく知ってるね」
「本に書いてあったからな」
雨の日は家の中の本をずっと読んでいた知識を舐めるんじゃない。
おかげで読み書きは完璧になってるぞ。
しばらく話していると教会に着いた。
いつ見てもこの教会は白い。
それと、2階建てながらも3階建ての家より高い位置にある、とがった屋根のてっぺんに逆さに刺さっている剣のようなものは一体どういう意味があるんだ?
教会の前に子供の姿は無く、代わりと言ったらなんだが、白髭をいじっている白い服を着たお爺さんが立っていた。
多分あの人が俺たちの《適職》の『神託』を受ける人だろうな。
「お、誰かいると思ったら『劣髪』のカインがいるぞ!」
後ろからの罵声に振り返ると、案の定そこにはケルクが取り巻きを2人連れて立っていた。
もう『劣髪』と呼ばれるのには慣れた。
髪の色だけで差別するなんて人格としてどうかと思うが。
「無視すんじゃねぇ!」
構わず進んだ俺を後ろからケルク達が走って追い抜き、俺の前で腕を組んで進路を塞いだ。
避けようと横にずれると、同じようにケルク達もずれて塞ぎ続けてくる。
「邪魔」
「誰にものを言ってんだ『劣髪』!」
こちらが邪魔をしたわけじゃないのに、取り巻きの金髪に文句を言われた。
理不尽だ。
殴りたくなったが、母さんからそういうのは争いしか生まないって言われたからやめておく。
それに今日は『神託』を受けるんだ。こんなところで油を売っている場合じゃない。
「聞いてるのか!
誰にものを言ってるんだって言ってるんだよ!」
俺が心を鎮めていたのを無視してると捉えたのか、取り巻きの赤髪が言ってくる。
「……ケルク」
「『様』を付けろ『様』を!」
「……は?」
思わずそんな声が出てしまった。
何を言ってるんだこいつは?
ケルクも腕を組んだままニヤニヤ笑ってるし、気持ち悪いな。
今まで『劣髪』と呼ばれることは多々あったが、『様』を付けろなんて言われたのは初めてだ。
なにか起きたのか?
「『拳師』の俺に喧嘩売ってんのか?」
……あー、そういうことか。
つまり既に受けた《適職》が良いものだったから威張ってるのか。
馬鹿馬鹿しい、《適職》で強さが全て決まるわけ無いだろ。
本にも『職で強さは決まらない。実際、下位職の魔法使いが中位職の魔道士に勝ったという話もある』って書いてたしな。
「喧嘩を売ってるわけじゃない。
まだ《適職》を受けてないだけだ」
喧嘩は嫌だからそう答えたら、3人は顔を見合わせて笑い出した。
「何がおかしい」
「お前の、その髪だと、はははっ、いい職も、無いだろ、はははっ」
俺が聞くと腹を抱えたまま赤髪が答える。
確かに俺は珍しい黒髪で、本にも『黒髪は適職にいいものが無い、残念だ』って書いてあるくらい良い職と縁がない。
だけど、どこにも『絶対』とか書いていなかったから、俺はいい職を持っている黒髪の人が居ると思ってる。
「お前の親が『農民』だろ!?
『農民』に決まってるじゃないか!」
取り巻きの金髪の言葉に眉間にしわが出来た。
確かに親が2人共同じ《適職》ならその子供も同じ《適職》になるみたいだが……
「でも絶対そうじゃない」
「絶対そうなんだ!」
俺が否定するも、すかさずケルクが大声で言った。
俺は咄嗟に殴ろうとした手を止める。力を入れすぎて震えるが、殴りは、しない。
「早く行こ?カイン」
事をずっと後ろで見ていたディーラが俺の手を引いた。
いきなり引っ張られたものだから、引く力は軽いが俺はそのまま引っ張られていく。
引っ張られて向かうのはもちろん教会の方だ。
引っ張られた俺に続いて、ケルクの取り巻き2人もついてきた。
教会につくなり、後ろからついてきていた2人がディーラの前に立った。
「「爺さん!早く俺達に《適職》を!」」
なっ!それは無いだろ!
「ちょっと!あたし達が先でしょ!」
「うるさい!俺達が先に話しかけたんだ!」
そう言って2人は気色悪い笑い顔を俺へと向けた。
わざわざ近いディーラじゃなくて俺を見たのは、見せしめでもあるんだろうな。
気色悪い2人はお爺さんについて行って、すぐ近くの部屋に入っていった。
「やな奴」
横ではディーラが、見えない2人に向かって舌を出していた。
しばらくして3人が出てきた。
お爺さんが最初に出てきて、その後2人が出てくる。
赤髪の方は生き生きとした顔で、金髪の方は落ち込んだ顔で出てきたように見えたが、俺を見るなり2人共さっきの気色悪い顔になった。
「そこの黒髪の子と金髪の嬢ちゃんは一緒に入るかのぅ?」
そこにお爺さんが遮るように俺達に聞いてきた。
「俺は別にいい」
「わ、私も大丈夫、です」
そして、俺達はお爺さんの後について《適職》を受けるために部屋に入った。
お爺さんはずっと俺と2人の間に立っていた。