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競馬でかける ①

 昔から、感情を抑えるのが苦手だった。間違ってると思ったらすぐ注意するし、正しいと思ったら最後まで貫く。自分が正しいと思っていることが間違ってるかもしれないだなんて考えもしないし、自分を曲げて誰かにあわせることもしない――私はそんな融通のきかない少女だった。

 実を言うと今も根っこのところは変わっていないけど、他人と衝突する回数は減ったと思う。それで佳奈に迷惑をかけることも減ったはずだ。

 いつも些細なことで他人と衝突して、そのたびに誰とでも仲のいい佳奈に場を収めてもらったり、あとで二人きりの時に慰めてもらったり……そんなことは高校生になった今はもうない。それこそ中学の時は一時期佳奈以外に友達がいないなんてこともあったけど、もう違うのだ。陸上ではエースとして頼りにされているし、友達付き合いだって佳奈に迷惑をかけることはなくなった。勉強だってそこそこで、試験前には佳奈の勉強を見てあげている。

 だから、私は佳奈を助けることができるくらいに強くなったんだ。

 なったはずなんだ。

 なのに、そのはずなのに、あの時私は佳奈に慰められてしまった。

 一番怖い思いをしたはずの佳奈に慰められてしまった。

「うぅぅ……」

 私はそのことを思い出しながら、枕に顔をうずめながら呻く。

「どうしたんださっきから……」

 ネスキーが呆れたような声で聞いてくる。

「うっさい。てかいつまで人の部屋にいるの……早く出てけ」

 そう、ネスキーが朝から私の部屋に入り浸ってやがるのです。ちなみに学校はあんなことがあったからここ数日休み。私は未だにこの前のことを引きずって部屋にこもっている。

「しょうがないだろう。パソコンを使わせてもらえるのがこの部屋しかないのだから」

「天界への報告がなんでパソコンなんだ……」

 ネスキーがこの部屋に入り浸っている理由は、パソコンでこの間の悪魔について報告書をまとめているかららしい。そしてメールで送るのだそうだ。

 天界ってネット回線繋がってるの? あ、光回線とかなら繋がってそう。名前的に。

「天界への報告は終わった。警察は悪魔の存在など信じなかったし、里美があの悪魔を倒したことも馬渡さんにしかばれなかったからな。報告書は簡単なもので済んだよ」

 ネスキーの言う通り、私が天身していたのを目撃したのは佳奈と一人グラウンドに残っていた後輩だけだ。佳奈にはしょうがないので全ての事情を説明したけど、後輩の方はショックのあまりその時の記憶がないらしく、特に私たちが何かする必要はなかった。

 そのおかげなのかなんなのか、どうやらネスキーの報告書はもう終わったらしい。

「じゃあなんでまだパソコンいじってるの?」

 自分の機嫌が悪いのを隠そうともしない口調でそう言うと、ネスキーは困ったように答えた。

「他にも仕事があるんだよ。うむ、人間で言うと大学のレポートみたいな感じか」

 大学のレポート? いや、私大学生じゃないからわかんないし。

ベッドから降り、気晴らしと興味本位でネスキーのいじるパソコンの画面をのぞいてみると、何やら文章を書いていた。

『タイトル:眼鏡女子と眼鏡女史』

「早く部屋から出てけ!」

 そんな大学のレポートがあってたまるか。大学生じゃない私でも分かるわ!

「ちょ、何をする! 叩かないでくれ! わかった! 分かったから! せめて保存だけでも!」

 明らかに趣味全開のレポートとやらを書いているネスキーを部屋からたたき出し、私は一息つく。

「あいつ、ほんとに眼鏡かけた女の子好きだな……」

 私は呆れつつも、少しだけ気になったので先ほどのファイルをこっそり開いてみた。

『タイトル:眼鏡女子と眼鏡女史。まず初めに、眼鏡の表記の仕方については、「めがね」か「メガネ」か「眼鏡」かという討論が今もなお続いているが、このレポートでは「眼鏡」に統一したいと』

 カチッ。ファイルを閉じた。

 なんだこれ、ものすごくどうでもいい。なんだよ、眼鏡の表記の仕方についての討論って。聞いたことないわボケ。天界ってそんなどうでもいいこと討論してるの? なに? 暇なの? それともバカなの? あ、どっちもか。

「天使の力を使うためのアイテムが眼鏡なのって絶対あいつの趣味じゃん……」

 私は呆れ顔でパソコンを放置し、再びベッドに倒れこむ。こんなにだらだらしているのは久しぶりだ。

 体力、少し落ちちゃってるだろうな。

 と、私がやや心配になっていると、スマホの着信音が鳴った。

 画面を見る。佳奈だ。

「もしもし? どしたの?」

 いつも通りを心掛けて電話に出る。

『うーんとね、この間さ、ネスキー君と三人で遊びに行こうって言ってたじゃん』

 ああ、そう言えばそんな約束したっけ。なんか色々あって忘れてた。

「あー、言ってたね、そんなこと」

『うん! だからさ、そのことについてもっと具体的に話したいなぁーと』

 ふむふむ、まぁ、今週末まで警察の調査だとか何とかで学校は休みだし、ちょうどいいか。ほんとは家から出ちゃだめらしいし、死んでしまった後輩のことを思えばもっと粛々としていなければいけないのかもしれないけど、でも正直、こんな時こそ気晴らしが欲しかった。

「わかった。まぁ、ネスキーも暇そうだし、私も特にすることないし、佳奈が時間とか決めていいよ」

『えー、でもやっぱどこ行くかとか話し合いたいじゃん? どうせなら三人とも楽しめるとこ行きたいしさ』

 まぁ、確かにいつも私と佳奈が行っているところにネスキーを連れて行っても、あいつは楽しくないかもしれない。いや、あいつがどこに行きたいかなんて皆目見当もつかないけど。

 まぁ、話し合うぶんには全然かまわない。私も佳奈と喋りたかったし。

「いいよ。でも、私もネスキーの行きたいところとかわかんな――」

 そんな私の言葉を、佳奈のはしゃいだ声が遮った。

『やった! いやー、よかったよ、無駄足にならずに済んで』

「ん? どゆこと?」

 私がその言葉の意味を理解出来ないでいると、家のチャイムが鳴った。

 ピンポーン。

 都会の一等地にある一軒家とはいえ、チャイムは普通の音である。

 いや、それはどうでもよくて。

 私は慌てて玄関へ向かう。階段でネスキーとすれ違った。

「エンジェッ……どうしたそんなに慌てて」

 私はネスキーの言葉を無視し、階段を駆け下りてインターホンに設置されたマイク付きのカメラをオンにする。

 それに気付いた佳奈が、カメラ越しにこちらを見て言った。

『えへへ、来ちゃった』

 私は心の中でツッコむ。

 彼女か。

「ん? 馬渡さんではないか」

 ネスキーがいつの間にか私の後ろからカメラの画面を覗き込んでいた。

『え? 今の声って……ネスキー君?』

 ちくしょう、マイク越しにばれた。なんかめんどくさそうだからネスキーがうちに住んでいることは言ってなかったのに。

 カメラの向こうで驚きの表情を見せる佳奈に、私は少し待っているように言うと、ネスキーを客間に押し込み、ぴしゃりと告げる。

「私が呼びに来るまでここで待ってて」

 私の厳しい口調に、ネスキーは戸惑いつつも頷く。

 私は客間の扉をしっかりと閉めると、玄関の外で待っている佳奈を迎えに行った。

 扉を開け、佳奈を家の中に迎える。

「入って」

「お邪魔します……なんだかんだいって春休み以来だっけ、里美んちにくるの」

 意外にもネスキーのことは聞いてこない。真っ先に聞いてくると思ったのだが。

「うん、たぶんそうだね。じゃあ、私の部屋行こっか」

「おっけー……で、なんでネスキー君の声が聞こえたの?」

 おう、ワンクッション挟んだだけかい。

 階段を上がりつつ、私は説明する。

「ほら、あいつ天界から来たって言ったでしょ。だから住むとこなくて、しょうがないからうちにすまわせてるってわけ」

 とまぁ、口にしてしまえばこんなに簡単なことだ。分かってくれるだろう。

 そう思い、佳奈の顔をちらっと見ると、なんだかめちゃくちゃニヤニヤしていた。

「ほほぉー、しょうがないから、ねぇー?」

「な、なに……その顔」

「いやぁー、別にぃー、しょうがないから、男女が一つ屋根の下で暮らしてるんだぁーと思って」

 皮肉とかじゃなく、純粋に面白がっている顔だ。

 めっちゃ腹立つ。

 私はずんずん階段を上り、自分の部屋の扉を開けると、中に佳奈を押し込んだ。

「ちょっと、押さないでよ」

 佳奈が楽しそうに言う。私が腹を立てているのが可笑しいらしい。

「ごめんごめん、そんなむくれないでよ」

「なんかむくれるっていう表現、子供っぽくてやだ」

 そう言って私がむくれると、佳奈が急に真顔になった。

「里美、あんた可愛すぎ」

「んなっ! いい加減からかうのやめてってば」

「あはは、ごめんごめん」

 佳奈がお気に入りのクッションに座って楽しそうにケタケタ笑う。

「はぁ……で、話し合うんでしょ? どこに遊びに行くのか」

「ああ、そうだったね」

 おい、言い出したのはそっちだろ。

 私のじとーっとした視線に佳奈は気付いているのかいないのか、それだったら、と。

「ネスキー君いるんでしょ? 直接聞いた方が早いし呼ぼうよ」

「は? いや、まぁそうだけど……」

 うーん、なんか気乗りしないけど、確かに佳奈の言う通りではある。

「よし、じゃあ呼んできてよ」

「……わかった」

 私は客間に行き、ネスキーを呼ぶ。律儀に正座をして待っていたネスキーを立たせ、佳奈の待つ部屋へ戻る。

「こんにちは、馬渡さん」

 ネスキーが礼儀正しく挨拶した。

「こんにちは、ネスキー君」

 佳奈が人当たりの良い笑顔で挨拶を返した。佳奈は裏表なくこんな感じなのだから恐れ入る。このフレンドリーさに勘違いして佳奈に告白する男子を中学時代には何人も見てきた。当時の佳奈は走ることと馬にしか興味のないバカだったので、付き合ってくれと頼む男どもを、「じゃあ私より足が速かったらいいよ」などとどこぞのギリシャ神話のように試していた。ちなみについぞ佳奈に五十メートル走で勝てる男子は出てこなかった。

 そんな佳奈が、今は気になる人がいると言っているのだ。親友として是非とも応援してあげたい。相手が天使だというのがアレだけど……

 ついでに理由が、ネスキーの後ろで一束にまとめられたロン毛が馬のしっぽみたいだからというしょうもない理由なのもアレだけど……

 まぁ、色々アレだが、応援はしようと思う。

 などと私があれこれ考えていると、私の知らぬ間に、ネスキーが佳奈のことを下の名前で呼び捨てにしていた。

「なるほど、佳奈は里美と小学生からの付き合いなのか」

「そうそう、里美って結構なんでもズバズバ言っちゃうでしょ? だからもう他の子と喧嘩してばかりでさぁー」

 打ち解けるの早いなおい。てか私の話で盛り上がるなこら。

「佳奈、私の昔の話はいいから、今度遊びに行くんでしょ。そっちの話しよ」

「えー、せっかく私の苦労話をちゃんと聞いてくれる人が現れたのに」

 私とのエピソードは苦労話かよ。まぁ、大方その通りではあるんだけど。

「じゃあそれは二人きりの時にでもして。私は聞いてると恥ずかしいから」

 しょうがないなぁー、と佳奈は渋々といった様子で話題を変える。

「そうそう、いきなりだけどさ、ネスキー君、今週末どっか遊びに行かない?」

「俺は全然かまわんが」

 佳奈はそれを聞いて喜びの声を上げた。

「やったぁ! んでさ、せっかくだしネスキー君の行きたいところに行こうかと思ってるんだ」

 佳奈の提案に、ネスキーが軽く驚く。

「おお、それはありがたいな」

 嬉しそうに微笑むネスキーに、佳奈は満足げな様子で、

「よしよし、じゃあどこ行きたい? 天界から降りてきたんだし、地上で行きたいところの一つや二つあるでしょ?」

 天使がどこに行きたがるのか予想できない。一体どこに行きたがるのだろうか? やっぱり天使なんだし教会とか? それともネスキーのことだから眼鏡屋さんとか言い出すかもしれない。

 しかし、ネスキーは私の予想をはるかに上回る回答を放った。

「一番行きたいのは、競馬場だろうか」

「え?」「え?」

 私と佳奈の間抜けな声が重なった。

 そして、一拍おいて佳奈の声が響く。

「ええ!? ネスキー君って競馬に興味あるの!? も、もしかして、その髪型もサラブレッドをリスペクトして……?」

 慌てる佳奈に驚きながら、ネスキーは荒ぶる馬を鎮めるように言う。

「お、落ち着いてくれ……ああ、賭け事全般は好きなんだが、中でも俺は競馬が好きでな。あと髪型は天界の流行りだ」

 ほほぉ、天使なのに賭け事が好きとは、なんかイメージと違う。あと天界ではそんな髪型がはやってるんだ。もっと男らしい髪形にして欲しい。

 あ、もしかしてどこかで佳奈が競馬好きだと聞いて気を遣っているのだろうか?

 と私が思っていると、別にそういうわけではないようで、

「そもそも天使はみんな賭け事が好きなんだ。天使は争いを好まないからな。お互いの主張が合わない場合は運に任せて決めるんだ」

 ああ、なるほど。喧嘩とかはできないし、お互いを攻撃するようなゲームもできないのか。それで賭け事で何かを決めることになるわけだ。

 しかし、相手が競馬好きの佳奈でよかったな、ネスキー。もしこれが普通の女の子だったら引かれること間違いなしだろう。少なくとも、惹かれはしない。

 お、私うまいこと言った。

「私も! 私も競馬好きなの!」

 佳奈がわたわたと説明する。競馬好きをアピールする女子高生……きっと世界でこいつくらいだろう。

「おお、それはよかった!」

 同好の士を見つけたからか、ネスキーも嬉しそうにする。このままいくと、今度の週末三人で競馬場に行くことになりそうだ……まぁ、佳奈が嬉しそうだしいいか。

 というわけで、私たち三人は週末に競馬場へと行くことになったのだった。

 あ、もちろん馬券とかは絶対に買わせないつもりだ。

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