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眼鏡をかける ⑤

 揚げたてのから揚げ。大きな器に盛られたポテトサラダ。そして艶々の白米。おおよそ普通の晩御飯だけど、今日は量が一人分多かった。

 晩御飯の準備ができたからとお母さんから言われ、一階のリビングに降りてきたらなんか家族の中に変なのが混じっていたのだ。もちろんネスキーである。

 なんでいるんだと当然私は抗議の声を上げたけど、なぜか私はお父さんに怒られ、怒るお父さんをネスキーがなだめるという納得のいかない状況が出来上がるだけで、私の行為は全くの無駄だった。

 お父さん曰く、

「こら里美、せっかく天界からはるばるやってきてくださったんだから、そんなこと言うもんじゃない」

 そしてネスキー、

「大丈夫ですよ父君、誰しも未知のものは避けたがるものです。それは人間も天使も変わりません。これから互いを知っていく努力をするつもりです」

 解せぬ。

 お父さん、この天使は私を悪魔との戦いに巻き込もうとしているんだよ? 大切な娘にそんな残酷な運命を背負わせていいの? てかなんでそんなに対応力高いの……って、あれか、あの変な天使のわっかで洗脳されているのか。

 そしてどうやらお母さんもお兄ちゃんもみんな天使のわっかをかぶせられたらしく、天使というファンタジックな存在に対して何の疑問も持っていなかった。

 いやまあ、家に天使が尋ねてきたら丁重にもてなすのは分からないこともないんだけどね。でもさぁ、私からすれば面倒なのがうちに転がり込んできたとしか思えないわけで……あ、言いそびれてましたけどネスキーさん、今日からうちに住むそうです。ふざけんな。

 それに関しても抗議はしたんだけど、家族全員聞く耳持たずだった。むしろ一番聞く耳を持っていたのはネスキーだった。

 ネスキーは残念そうな顔で、

「君が嫌というのなら俺は野宿でもするから大丈夫だ」

 と言うもんだから、優しい私は渋々承諾してしまったのだ。

 結局のところ、ネスキー本人には全く悪意はないのだ。あれもこれも、文化の差異というか、人間と天使の違いというか、とにかくそんなところから問題は発生していると思う。

 だから私も流石に野宿させるのは気が引けた。ほんと、悪意がないくせに面倒をかけてくるやつはたちが悪い。善意の塊というのもそんなに良いものじゃないらしい。

 そんなこんなで、クラスメイトで天使のネスキー君はうちに住むことになった。幸いというかなんというか、部屋はいくつか余っている。丸ノ内に本社を構える会社の社長ということでお父さんの稼ぎはすさまじく、簡単に言うとうちはかなりのお金持ちだ。それゆえに家は無駄に広いし、部屋もたくさんある。

 ネスキーが使うのは私やお兄ちゃんの友達が泊りがけで遊びに来た時に使われる部屋で、家族の間では客間と呼ばれている。ネスキーがいつまで地上にいるのかは分からないけど、しばらく佳奈とパジャマパーティーはできそうにもない。ていうか誰も家に呼べない。どんな勘違いされるか分かったもんじゃないし。

 そして晩御飯を終え、ついでにシャワーも浴びてから、自分の部屋のベッドで就寝前のストレッチをしていると、こんこん、と部屋の扉がノックされた。

「ネスキーだ。入っていいか?」

 おお、ノックするようになった。一応私が注意するたびに反省はしてるんだ。

「いいよ」

 一応パジャマ姿ではあるものの、私は別に恥ずかしがったりはしない。陸上のユニフォームは結構露出度が高いのでそういうことに無頓着な女の子が生まれやすいのだ。別に私ががさつだとかそういうわけじゃない。うん、決して。

それにどうせ相手は善意の塊の天使なんだし、下心なんてないだろう。

 私がそんな風に思っていると、ネスキーは入った途端、顔を少し赤くして、

「い、意外と可愛いパジャマなんだな」

 ちょっと、なんで照れてるの。そういうとこだけいっちょまえに男子高校生かよ。

「意外ってなに? 意外って」

 私が着ているのは上下薄いピンクのちょこっとファンシーなパジャマだ。確かに肩口とか腰のあたりに小さいフリルが付いていて可愛い。さらに着ているのが私だから超かわいい。ちなみに佳奈が誕生日にプレゼントしてくれた一品で、未だにサイズがあっているのが悲しい。特に胸元。

「いや、君はかなりアグレッシブな方だから、ベッドにたくさん並べられたぬいぐるみだとか、天蓋付きのベッドだとか、そういうパジャマだとか……正直驚いた」

 あ、そうです。私のベッド、天蓋ついちゃってます。

「天蓋は、お兄ちゃんとお父さんが、私がまだ小さいころに勝手につけて……ぬいぐるみは、ほら、このベッド無駄に大きくてスペース余るから。パジャマは、友達からのプレゼント」

 などとぐだぐだ言い訳がましく並べてみるものの、正直ちょっと気に入ってたりする。絶対に口には出さないけど。

 ちなみにぬいぐるみたちもその多くが佳奈からのプレゼントだ。ベッドにぬいぐるみが置かれているのを見た佳奈が、私がそういうのを好きだと勘違いしてプレゼントしてくれて、それをまた他の友達が見て……という連鎖が今もなお続いている。

「別に照れることもあるまい。君くらいの年齢の女の子なら当然のことだ」

「別に照れてないし」

 なんでそういうとこだけ敏感なんだよ。

 顔、赤くなってないよね?

 物珍しそうに私の部屋を見渡すネスキー。人間の女の子の部屋が珍しんだろうか。私はなんだか見られているのが気恥ずかしくて、ネスキーに声をかける。

「で、なんの用?」

 ネスキーは用事を思い出したのか、はっとしたように真剣な表情になる。

「そうだ、話があったんだ」

「そう、とりあえず、そこ座れば」

 私は床に置かれたクッションを指さす。いつも佳奈が使っているので出しっぱなしにされていたやつだ。

「ああ、ありがとう」

 ネスキーはそう言ってクッションに座ると、すぐ近くのローテーブルに例の眼鏡を置いて話を始めた。

「もう一度お願いしたい。この眼鏡をかけてくれないか」

 相変わらず真剣な顔。そんな顔で言う台詞じゃないだろうとつっこみたくなるけど、ネスキーの言葉は言外に悪魔と戦ってほしいという意味を含んでいる。悪魔というものが一体どれほど恐ろしいのかは分からないけど、安全ではないことは確かだ。

「嫌、他をあたって」

「君じゃなきゃいけないんだ」

 またこれか……いい加減慣れてきた。

「なんで私じゃなきゃダメなの? もっと強そうな男とかでいいじゃん」

 闘うというのなら、天使に足りない攻撃性を補うというのなら、屈強な軍人とかにでも任せておけばいい。運動神経がいいだけの普通の女子高生に任せることじゃないだろう。

「君が最もふさわしいからだ」

「眼鏡が似合うとかいう話? 言っとくけど、私は生まれてこの方眼鏡なんてかけたことないし、知っての通りバリバリの体育会系だから似合わないと思うんだけど」

 私が肩をすくめてそう言うと、ネスキーはさらに真剣な表情で、

「この俺が言うんだ。間違いない。君にはこの眼鏡が似合う」

 この俺て……いや誰だよ。天使には眼鏡が似合うか似合わないか判別する能力でもあるのだろうか?

「それに、ふさわしいというのはそういった意味だけじゃない」

「じゃあくだらないこと言ってないでそっちを教えてよ」

 なんだ、他に理由あるんじゃん。そっちを先に言えばいいのに。似合うからとかいう理由だけで私がそんな眼鏡をかけるとでも思っていたのだろうか。

 ネスキーは少し間を置き、その理由を喋った。

「君がこの力を悪用しないと思ったからだ」

「へ?」

 それは、私が善い人だからということでしょうか? 私の心の中の疑問に答えるように、ネスキーは言う。

「この眼鏡をかけることによって得られる力は膨大だ。そんな力を人間に渡してしまえば、人によっては悪用してしまうかもしれない。それを避けるために俺たち天使は探した。俺たちには足りない攻撃性を持っていて、なおかつその攻撃性を決して悪の道に利用しない人間を」

「それが、私だったってこと?」

 ずいぶんと過大評価されたものだ。確かに私は他の女の子より多少攻撃的というかアグレッシブな方だけど、それを正しい方向に使えているかと訊かれると自信はない。

 しかし、ネスキーはそんな私の心を否定するように、力強く頷いて見せた。

「そうだ。世界中の人間を天界から見下ろし、この力を悪魔退治のためだけに使い私利私欲のためには使わない人間を探した。そして、そんな中俺が選んだのが君だ」

 その真剣なまなざしと口調から、目の前の天使の言葉が本気であることが伝わる。

 でも、それでも。

「……だからって、私にそんな意味の分からない戦いに巻き込まれろっていうの?」

 早朝にあっている魔法少女のアニメを見ながら私はよく思っていた。この少女たちは自分が選ばれたことを嫌だと思っていないのだろうかと。彼女たちにだって夢や目標があるはずだ。それをかなえるための時間を、奪わないでほしいとは思わないのだろうかと。少なくとも私には夢がある。今は陸上を全力で頑張って、お父さんに認めさせてやりたいし、お兄ちゃんを見返してやりたい。陸上で活躍する私を見せつけて、お兄ちゃんに後悔させてやりたい。自分も頑張っていればあんな風になれたんじゃないかと思わせてやりたい。いい会社に入ることなんかよりも、ずっと価値があったんじゃないだろうかって思わせたい。だから私は、そんな意味の分からないことに巻き込まれるなんて絶対に嫌だ。

 私の責めるような視線に、ネスキーはたじろぐ。

「しかし、このままでは地上が悪魔に乗っ取られてしまうかもしれないんだぞ」

 ああそうか、ネスキーは天使だから根本的なところを勘違いしているんだ。善意の塊だから、世界のためなら誰だって命を張れると思っているんだ。

 だったら言ってやろう。人間の私が――善意の塊でもなければ悪意の塊でもない人間の私が――中途半端な善意と、悪意には満たないまでも自分勝手でわがままな本心がこもった言葉を。

「そんなの私には関係ない。悪いけど、私にはやりたいことがあるから……だから、寄り道なんてしてる暇はない」

 これで分かってくれただろうか? 人間なんてこんなものだと。たとえ世界のピンチだとしても、そんな曖昧な危機感で自分の命をかけられるように人間はできてない。

 コンビニの募金箱にお金を入れる人間がいったいこの世にどれだけいる? 不良に絡まれる他人を助けられる人間は? 電車でお年寄りに席を譲る若者は? 環境汚染に本気で取り組む人間は? 

 勿論いることにはいる。だからそいつらに任せればいい。

 ネスキーに選ばれたのが私だとしても、世界中にあの眼鏡にふさわしいのが私だけということはあるまい。だれか他の、もっと暇で勇敢な奴にやらせればいいんだ。

 自分勝手な私の言葉に、ネスキーはきっとショックを受けているだろうと顔色を窺うと、意外にもネスキーは凛とした顔のままこちらを見ていた。

「すまない……」

 そしてそう言って立ち上がると、そのまま部屋を出ていく。

 なんだろう、失望でもしたのだろうか。だとしたらもう変なのに付きまとわれなくて済む。私を買いかぶる天使は背を向け、今度は自分の意思で部屋を出て行った。

 真夏のべたつくような暑さが、なんだか私を責め立てているようで心地悪い。

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