それぞれの決断
ジョンが一人で階段を降りてくる。
「もういいのか?」
クレメンスがジョンに声をかけると、ジョンはコクリとうなづいた。
「そうか。では帰るとするか」
クレメンスはそう言うと階段の上をチラリとみる。
そこには、スラリとした長身の男性が立っていた。
クレメンスは男性に向かって、恭しくお辞儀をする。
ダニエルもそれに倣った。
男性は二人を一瞥すると、屋敷の奥へと消えていった。
それを確認したクレメンスは瞬間移動術を行使する。
三人はニコラスの館に設置されたゲートに姿を現した。
「おかえり~」
待ち構えていたかのようにニコラスが出迎え、ジョンに向かって両手を広げた。
「お父ちゃん」
ジョンはニコラスに飛び込んだ。
「向こうのお家はどうだった? ホントのお父ちゃんはイケメンだったでしょ? 」
ニコラスは屈んでジョンと目を合わせる。
ジョンは少し目線を落とした。
「お話しできて良かった……」
そんなジョンを見つめながら、ニコラスは微笑んだ。
「ジョンがホントのお父ちゃんに会いたいって思ったときは、いつでも会っていいんだよ」
ニコラスの言葉にジョンはうつむいて「ううん」と、首を左右に振った。
「さようならしてきたの。僕ね、もうあっちのお家には行かない」
「遠慮なんかしなくていいよ。オイラに言いにくかったら、セーラやダニエルに言ってもいいんだ」
ニコラスはそう言ってニッコリと笑いかける。
「ううん。遠慮はしてないよ」
ジョンはそう言うと顔を上げ、ニコラスを真っ直ぐにみつめた。
「僕のお父ちゃんは一人だけ。僕のお父ちゃんは魔術師ニコラスだけ」
「ジョン……」
ニコラスは驚いたようにジョンを見つめる。
「僕、お父ちゃんの子供でもいい? 」
ジョンはニコラスコの顔をじっと見つめながら言った。
「もちろんさ。ジョンはオイラの子供だよ」
ニコラスは満面の笑みを浮かべる。
「魔力が無くてもいい? 」
小首を傾げてさらに質問するジョンの両肩にポンと手をおいた。
「ジョン。魔力なんて気にするほどのもんじゃないよ。単なる個性のひとつ。髪の色や瞳の色、そんな程度のもんさ。あってもなくてもジョンはジョン。ジョンはオイラの大切な我が子だよ」
「お父ちゃん……」
ジョンの瞳が揺れる。
「ジョンにはオイラが持ってない凄い才能が眠っているんだ。オイラには分かるんだよ。ジョンからはとってもいい匂いがするからね。オイラ、なんでも分かっちゃうんだ」
ニコラスはニタァっと気味の悪い笑みを浮かべた。
ジョンはニッコリして「うんっ」と大きくうなずく。
ニコラスはそんなジョンの頭をなでなでする。
「セーラがジョンの大好きなアップルパイを焼いて待ってるよ。食べといで」
「うん」
ジョンは目をキラキラさせながら返事をすると、小走りに食堂に向かっていった。
ジョンを見送ったニコラスは辺りを見まわす。
「あれ? クレちゃん? もう帰っちゃったのか。相変わらずせっかちだなぁ」
困ったような顔をしてそう言うと、ダニエルの方をチラリと見た。
「ダニエル。オイラたちもアップルパイ食べよう」
ニコラスは食堂の方にくるりと向きを変えた。
「師匠っ」
ダニエルの呼びかけにニコラスは振り向く。
いつにないダニエルの雰囲気に首をかしげた。
「僕、本気で師範魔術師になりたい。魔術を極めたいんです」
ダニエルはニコラスを真っ直ぐに見つめながら言った。
「ふ~ん」
ニコラスの顔から表情が消える。
「師匠。僕に幻惑魔術を伝授してください」
ダニエルはひざまずいた。
頭を下げたダニエルをニコラスはしばらく無言で見つめていた。
「死んでも知らないよ? 」
ニコラスはダニエルを横目でみながら呟くように言う。
「覚悟はできています」
ダニエルは顔を上げ、ニコラスの顔を真剣なまなざしで見つめる。
ニコラスはダニエルの目をじっと見つめる。
その瞳からは全く感情が読み取れない。
心の奥底まで突き刺さるかのようなニコラスの視線に、ダニエルは耐える。
二人はしばらくの間みつめあった。
ニコラスはゆっくりとダニエルに背を向けた。
「ダニエル。ついてこい」
低い声でそう言うと足早に歩き出した。
「はいっ」
ダニエルはすぐさま立ち上がると、ニコラスの後を追いかけた。
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クレメンスが魔術師協会本部の廊下を歩いていると、前方からニコラスが歩いてきた。
「クレちゃん、こないだはジョンのこと、ありがとね」
ニコラスはクレメンスの近くまでやってくると、立ち止まってそう言った。
「ああ。良かったな」
クレメンスは微笑む。
「うん」
ニコラスはニッコリと笑った。
「クレちゃん」
歩き出しかけたクレメンスだったが、呼びかけられてその場に留まる。
「ダニエルが、やっと本気になってくれたよ」
ニコラスは嬉しそうにニヤリとする。
「そうか」
クレメンスは少し視線を落とし、口元に笑みを浮かべた。
「ありがとね。クレちゃん」
「ん? 」
ニコラスの言葉にクレメンスは不思議そうに首をかしげた。
ニコラスはニヤニヤしながらクレメンスを横目でみる。
クレメンスは素知らぬ顔をして視線を斜め上に逸らす。
ニコラスは肩をすくめるようにして、クスリと笑った。
クレメンスも「フッ」と笑う。
二人はチラリと一瞬だけ視線を交差させると、それぞれの行き先に向かって歩き出した。