ダニエルの迷い
ジョンはアルテーン家の執事に先導され、階段を上がって行った。
エントランスにはクレメンスとダニエルだけが取り残された。
どうやら、ジョンが実父との対面をすませるまで、ここで待つことになるらしい。
二人は近くにあったソファーに腰かけた。
クレメンスは本を取り出す。
「クレメンス先生」
「ん? 」
本を開きかけたクレメンスだったが、ダニエルの方を向いた。
「僕、ジョンちゃんが師匠の実子じゃないって、全然気がつかなかったんです。師匠に言われて……そしたら全然違うんです。師匠とジョンちゃん」
「そうだな。全く質が異なるな」
クレメンスの即答に、ダニエルはは視線を落とし、ため息をついた。
「僕、ジョンちゃんが生まれてからほとんど毎日一緒にいたのに、全然気がつかなかったんです」
ダニエルは膝の上に置いた手をぎゅっと握った。
「情けないです」
ポツリと呟く。
少しの間の後、ダニエルは顔をあげ、クレメンスを見る。
「先生。僕、やっぱりダメなんでしょうか? 」
「ん? 何がダメなんだ?」
クレメンスが眉をピクリとさせる。
「僕には師範魔術師は無理なんでしょうか? 」
ダニエルはクレメンスの顔をじっと見ながら、少し震える声でたずねた。
「フフフフフフフ」
クレメンスが突然笑い出した。
ダニエルは目を丸くする。
「それは私にきくことではないだろ? 」
笑いをおさめると、クレメンスは低い声で言った。
ダニエルはハッとしたようにうつむくと
「すみません」
と、蚊の鳴くような声で謝った。
「お前は私が無理だと言ったら、師範魔術師を諦めるつもりなのか? 」
クレメンスはダニエルの顔を覗き込むようにして、静かな声で尋ねる。
「そ、それは……」
ダニエルは顔をあげる。
「お前の覚悟はその程度なのか? 」
クレメンスは真っ直ぐにダニエルの目を見て言った。
「……」
「お前はそんな生半可な気持ちで修行をしてきたのか? 」
ダニエルは下唇をギュッと噛みながら、ゆっくりと首を左右に大きく振った。
「ならば答えは出ているはずだ」
クレメンスはそう言うと、「話は終わった」とでもいうように座り直し、本を開いて読みはじめた。
ダニエルはそのまま、ジョンが戻ってくるまで動けなかった。