ジョンの悩み
市での買い出しを終えたダニエルは、少し遠回りをして、近くの公園へと向かった。
桜はとっくに葉桜となっている。
花見シーズンは混み合う公園も、この時期は空いている。
花は終わってしまったけれど、今は新緑がとてもきれいだ。
ぬけるような青空と、淡い黄緑の葉のコントラストは生命力にあふれ、ダニエルはこの時期の公園がお気に入りだった。
お気に入りの景色にニコニコしながら歩くダニエルの目に、池のほとりで石に腰掛けている少年の姿がうつった。
少年は池の方を向いてじっと動かない。
その視線の先には何か目新しいモノがあるわけでもなく、池の向こうには新緑に萌える木々があるだけだ。
穏やかな風が少年のプラチナブロンドを揺らす。
なんとなく憂いを帯びたその風情に、ダニエルは少年が消えてしまいそうな錯覚に陥って、急ぎ足で近づいた。
「ジョンちゃん?」
ダニエルが声をかけると、少年が振り向いた。
その琥珀色の瞳は心なしか虚ろにみえた。
「ダニエル兄ちゃん」
「こんなとこで何してるの? 」
ジョンはダニエルの問いにはこたえず、うつむいた。
ダニエルは、ここのところジョンはなんとなく元気がなかったことを思い出した。
そういえば昨日も修練場を眺めながらため息をついている姿を見かけた。
「ジョンちゃん。何か悩んでることでもあるの? 」
ジョンは両掌をひらき、それをじっと見ている。
ダニエルはそんなジョンの様子を見つめながら、隣に腰をおろした。
「どうして僕には魔力が無いんだろう」
ジョンがポツリと言った。
ダニエルはハッとした。
ジョンの父親はダニエルの師・ニコラス。
ニコラスは魔術師協会で3本の指に入るといわれるほどの魔力の持ち主だ。
しかし、そのニコラスの息子であるジョンには、魔力が全くといっていいほど無かった。
「ジョンちゃんはセーラさん似だから……」
ダニエルはそう言うしかなかった。
ジョンの母親のセーラは、魔術とは無縁の一般人だ。
ジョンは髪の色も瞳の色もセーラと同じ、外見もあまりニコラスに似ていない。
「僕、お父ちゃんに似たかった」
ジョンは声を震わせる。
ダニエルはかける言葉が見つからなかった。
「ジョンちゃん。僕は本当は音楽の道に進むはずだったんだ」
長い沈黙の後、ダニエルは言った。
「兄ちゃんは音楽家になりたかったの? 」
ジョンは顔をあげ、ダニエルを見る。
「なりたかったというか、なるんだと思ってた」
「そうなんだ…… 」
「だけど、僕にはなぜか魔力があって、それでレイラ師匠の元に入門しなくちゃならなかったんだ」
「音楽家を諦めたの?」
「諦めるというよりも、魔術の道に進むしかなった」
「そうなんだ……。悲しかったよね……」
ジョンの問いに、ダニエルは視線を落とした。
「悲しいというより、寂しかった。もう僕は音楽に触れることはないんだなって……」
「うん」
「レイラ師匠は、そんな僕を気遣って下さって、魔術だけじゃなくて、色々な楽器を教えてくださったんだ」
「楽器もできるなんてレイラ先生ってすごい人なんだね」
ジョンは目をキラキラと輝かせる。
ダニエルはニッコリ笑った。
「すごく凄くて素敵な方だった。レイラ師匠と合奏してるとき、僕はほんとに楽しくて幸せだった」
ダニエルは過ぎ去った日々を思い出し、うっとりとした表情になる。
「兄ちゃんは、今でも音楽家になりたい?」
「ううん」
ダニエルは首を左右に振った。
「今でも音楽は大好きだけど……。それよりも魔術の方がずっと……。僕は魔術を極めたい。僕、今は魔術の道に進んで良かったって思ってる」
「僕にも魔術より好きなモノが見つかるのかな? 」
ジョンはうつむきながら呟くように言った。
「見つかるはずだよ。僕は魔術しか選ぶことを許されなかったけど、ジョンちゃんは自由に好きなモノを探せる」
ダニエルの言葉にジョンは顔を上げた。
「師匠はね。ジョンちゃんのお父さんは、自分で魔術の道を見つけたんだ。師匠はね、魔術とは全然関係ないお家に生まれたんだよ」
「そうなの? 」
ジョンは目をパチクリさせる。
「うん。師匠はね、なんて言うか……家業?、そう、家業を捨てて、魔術の道を選んだ」
「お家を捨てたの? 」
ジョンは驚いたように目を見開いた。
「うん。お家を捨てて魔術師になったんだ」
「父ちゃんすごいね」
ダニエルの言葉に、ジョンは目を輝かせた。
「そうだよ。師匠はすごい方だよ。ご自分で自分の道を見つけて、そしてその道を極めた。僕、師匠のことすごく尊敬してる」
「うん。僕もお父ちゃん尊敬してる」
ダニエルはジョンにニッコリと笑いかける。
「ジョンちゃんはそんな師匠の子供だよね」
「うん」
「だからきっと、師匠みたいに自分の道を見つけることが出来るはずだって、僕はそう思うよ」
「うん……」
ジョンは自信なさげにうつむいた。
ボーンボーン
夕暮れ時を知らせる鐘の音が聞こえてくる。
「さ、ジョンちゃん、そろそろ帰ろうか? あんまり遅くなると、セーラさんが心配するから」
そう言いながらダニエルは立ち上がった。
「うん……」
ジョンもうつむきながら立ち上がる。
ダニエルはジョンの肩に手を回すと、励ますようにポンポンと叩いた。
ジョンは顔をあげる。
ダニエルはニッコリと微笑みかけると、ジョンの手をとり家路に就いた。