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レイラとの出会い

 ダニエルは息を大きく吸うと、笛を構えた。

 目の前にいるのは、父や母、兄たちだけでなかった。

今日はダニエルの父・ルアードが仕えるゼルストラン公ニコラスの誕生会だ。


 12歳になるニコラスは、まだ子供といえる年齢ではあるが、広大な領地を所有している領主だ。

ニコラスは先王ライナスが最も寵愛した末王子で、この世に生まれ落ちた瞬間から広大な領地を賜り、ゼルストラン公に封ぜられた、とても高貴な方なのだ。

まだ、世間というものがほとんど理解できないくらい幼いダニエルにとっても、ニコラスが尊い方だということだけはわかっていた。

 そのニコラスの誕生会で、ダニエルは姉と共に演奏をする事になった。

主君・ニコラスの意向により、内輪だけのささやかな宴とはなっていたが、ダニエルにとっては大舞台だ。

特に、父の気の入れようは凄まじく、ダニエルは朝から晩まで笛の猛特訓をさせられた。

父のためにも、失敗は許されない。


 姉の奏でる琴の音が聞こえてきた。

ダニエルの身体は極度の緊張で震えていた。

震えを抑えようと、さらに全身に力をいれる。

一拍おいて、思いっきり息を吹き込んだ。

しかし、出たのは腰の抜けたような間抜けな音だった。


 ダニエルの頭は真っ白になった。

音を出さなければと思うほど震えがひどくなり、息を吸い込もうとしても上手く吸えない。

焦れば焦るほど呼吸すらできなくなってきた。

 先ほどのリハーサルでは難なく演奏できたのだ。

なぜできないのか。

一体どうしたらいのだろうか。

ダニエルの視界は涙と息苦しさで赤く染まっていった。


 遠くなる意識の隅から、静かな笛の音が聞こえてきた。

そちらに意識を動かすと、白髪の老婆と目があった。

老婆はダニエルの視線を捕らえると、笛を吹きながらニッコリと笑った。

ダニエルはその黒水晶のような瞳に吸い込まれた。


 やわらかい笛の調べは、まるでダニエルを誘っているかのようだった。

老婆の笛につられるように、ダニエルも笛を吹きはじめる。

先ほどまでの息苦しさがウソのようになめらかな音が響きだした。

 老婆の笛が高く響く。

まるでダニエルを褒めたかのような音色に、ダニエルは気分を良くし、さらに軽快な音を出す。

老婆の笛も呼応するかのように、軽快になってきた。

姉の琴の音色もリズミカルになってくる。

ダニエルは思わずチラリと姉を見ると、姉はニッコリ頷いた。

嬉しくなったダニエルは、目の前の観客の存在を忘れ、夢中になって笛を吹き続けた。


 大きな拍手で、演奏が終わったのだと気がついた。

ダニエルは夢見心地で、お辞儀をするのを忘れ、姉に頭を押さえられ、真っ赤になりながらお辞儀をした。

 朗らかな笑い声とさらに盛大な拍手に、ダニエルは頭をポリポリかきながら、姉に手を引かれて退場した。


***


パーティーが終わり、ダニエルは帰宅しようと、兄たちとともに、城の廊下を歩いていた。


「そこな子。ダニエルと言ったかいのぉ?」

 小さいが良く響く声に呼び止められた。

振り向くと、先ほどの老婆が立っていた。


「レイラ様」

 深々とお辞儀をする長兄に小突かれ、ダニエルも慌てて頭を下げる。


 『霧の魔女レイラ』。

王家に準じるとされる、魔術師の名門ザルリディア家の姫。

その卓越した魔力と技術は、弟である魔術師協会会長レクラスを凌ぐと言われるほどの師範魔術師であり、そして、ゼルストラン公ニコラスの魔術の師なのだ。

 ダニエルもレイラの存在は聞いたことがあったが、そんな雲の上のようなすごい人の登場に、驚きと緊張でカチコチになってしまっていた。


 レイラはコロコロと笑いながら、ダニエルの目の前に立ち、ダニエルと視線を合わせるかのように屈んだ。


「よう頑張ったのう」

 頭を撫でられたダニエルは、レイラのやわらかく輝く黒い瞳に釘付けとなった。


「次は大丈夫じゃ。そちは筋がいい。必ずや良い奏者になるじゃろう」

 レイラはダニエルの頭をポンと叩くと、笛を差し出した。

それは、先ほどレイラが奏でていた笛だった。


「レイラ様。このような高価なものは……」

 慌てふためいた長兄は、手を出したダニエルを止めようとした。


「良いのじゃ、良いのじゃ」

 レイラはダニエルの手を取ると、笛を持たせ、ニッコリと微笑む。

ダニエルはレイラの瞳を見つめながら、ぼけーっとされるがままになっていた。


「老い先短い婆がもっていても、笛がかわいそうなだけじゃ」

 そう言いながら、笛を握るダニエルの手を両手で優しく包む。


「それにのぅ、そちはどことなく似ているのじゃ」

 そこまで言って、レイラは一呼吸おいた。


「この笛の持ち主にのぅ」


 持ち主……。

ダニエルはそれが誰だか、どんな人なのかに興味をおぼえたが、レイラの柔らかいようでいて、どこか寂しそうに揺れる瞳に、なぜだか聞いてはいけないような気がして、ただレイラの顔を見つめていた。


「また、そちの笛を聞かせてたもいのぅ」

 レイラはダニエルの手を軽くポンポンと叩くと、すべるように廊下の奥へと消えていった。

ダニエルは笛をしっかり握りしめたまま、しばらくそこに立ちつくしていた。

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