interludeⅠ
Grate Wall ― 10 days ago , after the daybreak came ―
荒涼とした枯草の大地。
見渡すばかりの殺伐とした平野の先に、それはあった。
平原の果てを超えてなお続く長大な壁。景色を変容させるほどの圧倒的質量。それはこの世界に特別な意味と、作り上げる礎となった人々の犠牲をもって強靭に鎮座する。
グレートウォール。
獣の領域とヒトの領域を区分ける、否、獣の領域からヒトの領域を守る守護神。
しかしその強固な壁の一角は今、見るも無残に消し飛んでいた。
「あちゃー、これは酷い」
グレートウォールの壁上から崩壊した残骸を見下ろして、小柄な茶髪は呟く。
担当警備隊が壊滅、あげくに侵入者を許したかもしれない状況。
「これは酷い、じゃないですよ」
そんな現状に比して、あまりに緊張感の薄い男の様子に、隣の銀髪はため息交じりに応じた。
「ここの警備は何番隊だったっけ?」
「えー……第二十七警備隊らしいですね」
銀髪は手元の書類を捲りながらも、本当に合っているのか。その長髪を横に揺らしながら怪しげに答える。
「隊長は?」
「んー、グラッグ=ケルンとやらですね」
その答えも銀髪は首を傾げつつ口にする。
聞いた側の茶髪も同様だったが、やがて思い出したように手を打つ。
「ああ、あいつか! 警備隊の雑魚は雑魚だけど、比較的マシな雑魚だった」
それを一蹴したのか、と茶髪は愉快そうに笑った。
笑っている場合じゃないですよ、と銀髪は再び嘆息する。
一蹴。
そう、まさしく一蹴したのだろう。そのことは轟音の直後、救援に訪れた第二十六、二十八警備隊、そして、自分達の第九守備隊が敵を確認できなかったことからも明らかだ。
つまり敵は救援が駆けつけるまでの僅かな間に第二十七警備隊を潰滅させ、その場から消えたのだ。これを一蹴と言わず何を一蹴と言うのか。
「いやー、まいった。あれを一蹴か。本当にまいったな」
全然まいってなさそうに茶髪は天を仰ぐ顔を手で覆った。
銀髪は指の間から除く男の笑みに、諦めたように首を振る。
「んー、あっちっぽいな」
アニマの残滓。それにあたりをつけて茶髪は指を壁の内側、人の領域へと向ける。
「あー、厄介ですねぇ」
普通なら当てにもならない戯言。しかし小柄な上司の独特な嗅覚が外れたことは今までなかった。なので銀髪はそれが当然のように話を進める。
「厄介だなぁ」
銀髪のぼやきに、茶髪はわざとらしく同じぼやきを繰り返す。
自身が指差した方向。
それは母国、スキエンティアの領土外、ソフィア=アレア教国とやらの領域に向いていた。
「まあ起きちまったことは仕方がない。コラルとベアードに声をかけろ。出るぞ」
「はいはい。隊員は?」
「ここをがら空きにするとコラン兄がうるさいからな。半分残して、後は隣の第八に頼もう」
承知しました、と返事を残し、場を後にする銀髪の後ろで茶髪は笑う。それは獲物を前に舌なめずりする獣のように、酷薄な笑みだった。
そんな彼を狙ったわけでもあるまいが、壁の向こう、ダークゾーンの森から木の上に頭を覗かせる怪物が唐突に姿を見せた。
損壊したグレートウォール。
そこへの強大なフェイラーの出現に警備兵の悲鳴が沸き起こる。
「ヴォオオオオオオオオォォオオオオオオオォォオォオオオーーーーーーン!!!!」
肉の崩れた不格好な口。そこから大気を吹き飛ばすような唸りを響かせてフェイラーは突進してくる。
グレートウォールの大砲が火を噴くも、強大な獣にそれは足止めにもならない。
手が届こうとするほどに迫りくる強大なフェイラー。
それを一瞥もせず、茶髪は手を挙げた。
無造作な一撃。
それが巨人の如きフェイラーのピンク色の胴を吹き飛ばし、大地の彼方までを削り取った。
脅威の撃退に沸くグレートウォールが二十七壁。
「やれやれ」
それを気にもかけず茶髪はぼやくも、その口調は愉快気に弾んでいた。
自身の口角の吊り上がりと、本性を現す犬歯の変化に気付いたか。茶髪は指でなぞってそれを納める。
「厄介なもんだね。血ってのはさ」
自身に殺到する強大なフェイラーの赤いアニマを物ともせず、グレートウォール第九守備隊隊長、エイズ=スキエンティアは怪しげに笑い続けていた。