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アニムスアニマ  作者: 末永 孝
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5 襲撃Ⅰ


「ソフィア=アレアアアアァアアァアアアアアアアアアアアアアアァアアアアアアアアアアァァァアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァアアアアアアアアアーーーーーーー!!!」


 怒りと憎悪の絶叫と共に、赤黒いアニマが空を駆けた。

 突如、襲い来た脅威。それにソフィアはただ腕を向け、


「クリス」


 一言、唱えた。

 青のアニマが走る。ソフィアから放たれたそれは、迫りくる赤のアニマを迎え撃った。

 

 衝突、衝撃、爆音。


 大気を震わすアニマの波動に、恐慌の悲鳴が広場を満たす。

 その恐怖にそぐわず、相殺された赤と青のアニマが四散し、空を華々しく彩った。


「アアアアァアアァアアアアアアァァァァァァァアアアアアアアァアーーーーーーー!!!」


 空を降る色彩の輝きを突き破って、一人の青年が飛来する。

 見るも禍々しい、固まった血のように黒ずんだ赤のアニマ。それをその手に集約させ、青年

はソフィアへと振り下ろす。


「ソフィアッ!」


 咄嗟にフィオナが割って入り、その両手を頭上へと掲げた。

 激突の衝撃に、礼拝のテラスが崩落しそうなほどに軋み、揺れた。


「「「ソフィア様アアアアアアアアァァァァァアアアアアアアーーーーーーーー!!!!」」」


 事態を目にできない広場の信徒の悲鳴が響き渡る。

 

 その反響の中、異質な音がテラス上で鳴り響いている。

 キキキキキキキッ、と蟲の泣くような小刻みな音。

 その発信源は、テラス上で交錯する青年とフィオナ。その間の鬩ぎ合いだった。

 実体なき赤きアニマの剣と空を映す水のように青いスタッフ。二つの対照的な色合いの武器

を挟んで、青年とフィオナの瞳が交差する。

 

 十字を頂いたスタッフの向こう側。襲撃者の相貌を見て、フィオナは苦しそうに顔を歪めた。

 恐ろしいほどの形相だった。それは極度の怨嗟によって歪んでしまっているのだと、容易に

察せられた。その証拠に、青年の瞳と頬の傷からは憎悪に赤く濁ったアニマが溢れ出している。

 その狂気の視線を、青年はフィオナに向けた。


「どけエッ!!」


 標的のソフィア=アレア。その道への妨害をするフィオナに、青年はソフィアに向けるのと

同じ激情をぶつけた。


「アアッ!」


 心を歪めるほどの強烈な憤怒。それを共有して、フィオナは思わず膝をついた。

 そうなれば当然、青年が目指すのは当初の標的のソフィア=アレア。フィオナの脇を抜けて、

青年は仇を目指す。


「チェックメイトには早すぎるだろ」


 青年の進路を遮って、ボウッ、と風を裂いて白銀の線が走った。

 

 顔面に迫るそれを、青年は上体を後方に反らして回避する。同時に、右手を横に薙いでいる。

 相手は前に屈みこんで青年の斬撃を回避。地を這う背面蹴りで青年の足を払おうとする。

 青年は跳躍で蹴撃を躱し、地の敵へ実体なき刃を振り下ろす。

 敵はさらに半回転。体を立て、続く上段蹴りで斬撃を迎え撃った。


 再びの激突。轟音。


 そして甲高い異音を続かせ、青年の剣と敵の蹴撃が鬩ぎ合った。


「依代なしにアニマを固定制御してるのは大したもんだけど、そんなんで防ぎきれるかよって」

 

 アニマの火花散る衝突。青年と矛交えるのは痩身の金髪、ユール=ラスティンだった。

 ユールは腰を押し込み、蹴り足にさらに体重を乗せる。その足は白銀の脚甲に包まれている。

 

 神器、ローアレギンス。

 エンジェルスそれぞれに与えられる専用武器。幾百の信仰の結晶たるそれが鍔迫り合いで負けるはずがない。

 そんな確信に後押しされたユールの攻めは、次の瞬間、裏切られた。


「嘘だろっ!?」


 ピシリ、とローアレギンスに小さな亀裂が走る。ユールは驚きを隠せず叫ぶものの、咄嗟に押し合っていた右足の力の方向を逸らし、左の背面蹴りに切り替えた。

 それを左前に踏み込み回避しようとした青年は、急に動きを変え背後に飛んだ。

 それに遅れ、先ほどまで青年がいた場所をアニマの火線が走る。


「ご無事ですか、ユール様」


 逃げ道を塞ぐようにテラスを囲んで半円状に展開した近衛兵。その部隊長がユールを気遣う。


「ああ、助かったよ、おやっさん」


 ユールは態勢を立て直し、サラルを見据えながら、だけど、と続ける。


「おやっさん達の手にゃ負えない。絶対に近づかないで」

「……承知しました」


 久しく見ないユールの真剣な表情。そしてエンジェルスが第三席たるフィオナが床に跪き頭を押さえるのを見て、初老の騎士は目を眇め、手を挙げて部下を制動した。


「ソフィア様アアアアアアアアアアアアアアアアアアアァアアアアアアァアーーーー!!!」


 テラスの下では、明らかに尋常ではない衝撃と轟音に、広場の信徒達がソフィアの元へ殺到しようとした。ユール大聖堂の中へと踏み込もうする信徒達だが、柔らかい膜のようなものが彼らの行く手を遮る。


「心配いりません。巻き込まれぬよう下がっていてください」


 ソフィアが凛とした声をアニマに載せ、信徒に呼びかけた。その体は青の輝きで覆われている。その迸る青のアニマが空を舞い、青い雪のようにひらひらと広場に降り注ぐ。その光の粒子がキラキラと積み重なり、結び繋がり薄い膜となって信者を守る壁となっている。

 これで、ソフィア側に憂いはなくなった。


 一方、襲撃者の青年は多勢に無勢。誰がどう見ても退くべき局面だった。しかし、もはや彼はそんな単純な判断すらできなかった。否、考えることすらなかった。


『いつまでたっても、ここに来る子は減らない。あんな思いは、もう誰にもして欲しくないの

に、世界は僕達と同じ思いをした子達で溢れている。そんな世界は間違ってる。だからこの世

界を直すんだ。もう誰も失わないよう、みんなが幸せでいられる世界を僕が作ってみせる』

『失ったものは二度と戻らない。それでもまた家族を手に入れることができた。本当に奇跡の

ような幸せだと思う。だから私はここに残ってここを守りたい。二度と、家族を失いたくない

から』

『当然、すごく苦しい。でもね、嬉しいこともあるの。だってこれでサラルとずっと一緒にい

れるでしょ?』


 奪われた、大切な家族達。


「アアアアアアアアアアアアアアアァァッァアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」


 その顔と声が脳裏に去来し、青年は哭いた。


 冷静な思考など残っていない。退くことなぞ考えられるわけもない。ただ目に入るのは、頭でわかるのは、家族を奪った仇、その元凶がそこにいるということのみ。ならそれだけだ。それだけで十分だ。あとはそれを、ソフィア=アレアを殺すことだけで。

 燃え上がる怒りに青年の体から赤のアニマが噴出した。髪は赤く逆立ち、その瞳も紅に変じた。縦に頬を走る古傷から血のように赤のアニマが溢れ出ている。


 狂気すら感じさせる青年の姿に、その事情はわからなくとも、それが尋常なものではないことはソフィア達にも察せられた。


「……話を、聞かせてはもらえませんか」

 

 青年の様子に怖気づくことなく、ソフィアはただ静かに相手を見据え問う。

 しかし、仇の言葉に青年が応じるはずもなかった。


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