1 崇め奉らる者
空を照らす日が地平の彼方から登った。
刺すような朝日の下では、山の緑がよく映えていた。しかしその緑は露出した地肌に所々生えるだけで、その少なさがどこか寂寥と哀愁を感じさせる。その侘しい裾野に、一つの大きな灰の塊が見えていた。
石の街、ロッテール。
街を囲む城壁も、その中に並び立つ建物も多くが灰色を占めながら、その慎ましい色合いとは対照的にこの地域で最も発展した都市。
そこは今、普段以上に多くのヒトに満たされながらも、逆に異様な程の静寂に包まれていた。
街中が、地面の敷石も見えないほどの人波で埋め尽くされていた。
それがロッテールで生きる者だけで賄える数でないことは、一目で明らかだった。近隣の町、村からもヒトが集まっているようだ。
それだけのヒトがいるというのに、驚くほどの静けさにロッテールは包まれていた。人々は言葉一つ交わすことなく、祈っていた。皆が両手を握り、目を閉じている。
やがて、門が開かれた。
ロッテールの南門。中央に通じるそれが開き、白銀の一団が入場してくる。鋼の鎧に身を包んだ近衛兵。それが二列縦隊を成し、ヒトの溢れる街の中で唯一開かれたままの南通りを進んでいく。
その兵列の後ろから、馬車が一台、入場した。
白銀の兵団にも構わず祈りを捧げ続けた人々、通りの左右を埋め尽くす信徒の群れが、石畳の上を回る車輪の音に瞼を開く。
「ああ……ソフィア様」
その目に映った人影に、信徒はすうっ、と一筋の涙を流した。
信徒の前で、馬に引かれる車上に立つのは一人の少女。
大人になりきっていないものの、幼さを感じさせない美しい立ち振る舞い。藍色の修道着に包まれた、すらりとなめらかな曲線を描く肢体と精緻な顔。作り物めいた白磁の肌と、それに映えるアイスブルーの髪と瞳。
一切の変異がない、完璧なヒト型。
「ソフィア様」「ソフィア様」「ソフィア様」「ソフィア様」「ソフィア様」「ソフィア様」「ソフィア様」「ソフィア様」「ソフィア様」「ソフィア様」「ソフィア様」「ソフィア様」「ソフィア様」「ソフィア様」「ソフィア様」「ソフィア様」「ソフィア様」
その御姿を目にして、信徒は御名の唱和を連ねる。
全身を獣毛や甲皮に覆われた亜人。ヒト型をベースとしながらも耳や爪、尻尾に触覚といった末端のみに混血を示す者。そして、変異のない完全なヒト。
その全てが一体となって、縋るように一人の少女に祈りを捧げていた。
波紋のように広がる、感涙を伴うほどの信仰心。
それが信徒と大気のアニマを青く染め上げ、空へと立ち上った。
青の灯火が舞う。
幾万のそれは瞬くように空で踊る。途切れることない儚げな光は、青空の下、幻想のように煌めいていた。
それはアニマが信仰に応えた秘蹟。
ゆえに、それが向かう先は必然、信仰を向けられた少女だった。ほのかに輝くアニマを受け、少女の総身は青い光に包まれ、青の長髪が柔らかく浮き上がる。
その奇跡のような光景に、群衆はより一層の崇拝を心に抱いた。
奇跡を現しながら、参列は進む。信仰のアニマを集め、馬車は中央広場に辿り着く。そこで白銀の近衛兵達が左右に分かれ、剣を立てる。
近衛兵で作られた花道。それを、馬車から降りた青の少女、そしてその脇を守るように付き従う白い修道着の少女の二人だけが歩み行く。
正面には荘厳な白の大聖堂。見上げるほど大きな木の扉の前に少女達が立つと、左右の衛兵が入り口を開いた。
「お待ちしておりました、ソフィア様」
ステンドグラスの色彩に染まった光が差し込む聖堂で、この街の統治者、ユール=ラスティンが頭を下げた。