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第二話

大学の大教室で行われる定例学会。

いつもは閑散としているが

今回は立ち見がでるほどの超満員になった。

壇上の周囲では取材陣が

一眼レフやテレビカメラを構えてそわそわとしている。

知的好奇心からなのか

あるいはお祭り騒ぎが楽しみなのか

学部生も多数来場している。

辺留須へるす学長は壇上の真正面にある席に陣取って

大型のホワイトボードを睨めつけている。

無害タバコの図面が詳細に記されてあった。


「フン、松下のヤツめ

 締め切りに間に合わないと見て

 あわてて体裁を取り繕って発表するのだろう。

 検証をすればすぐにボロを出すシロモノに違いないのだ。

 公衆の面前で解雇宣告をする機会を

 わざわざ用意してくれるとはなぁ…

 これは嗜虐心をぞくぞくと刺激されるゾ」


辺留須はくすくすと笑った。

取材席からフラッシュが明滅する。

控え室から松下が現れたのだ。

壇上に立つが早いか

マイクを掴み、朗らかな若々しい声で

聴衆に語りかけた。


「さアさよってらっしゃいみてらっしゃい

 みなさまいよいよ出来ました。

 ここに取りいだしたるこのタバコ

 名前はシンプルにヘルシータバコ!

 なんとどれだけ吸っても体に悪くない!

 しかもおいしさはそのまんま!

 これで吸わない法がありましょうや!

 ほうれデータもこの通り!」


松下が指示を出すと大型スクリーンに

詳細な試験データが映し出された。

松下は指し棒を使い、丁寧に解説していく。

夢のタバコが現実のものになったと知るや

会場がどよめきはじめる。

辺留須学長はすっかりお冠である。

なにかどうにか反駁してやる材料はないものかと

怒りに任せて考えを巡らせ

はっと気づいて辺留須は叫んだ。


「やい!なにがヘルシータバコだ!

 それらは外に出る副流煙のデータだろう。

 きっと体内に入る分には多量の毒が

 混じっているに違いないんだ!

 健康被害があることには変わりはない!」


辺留須のあがきに松下は涼しい顔で答えた。


「いやあ鋭い学長のことですから

 そう来ると思いましたよ。

 ご安心ください。

 ヘルシーというのは他人に対してだけでなく

 当然自分にもです。

 信念の固い学長閣下のために

 誰にでもすぐわかる実験をいたしますよ。

 おうい持ってきてくれ」


松下が指示を出すと助手の学生たちが

二機のロボットと大量のタバコを

台車に乗せて運んできた。

それぞれに吸い込み口と

大きな袋が接続されている。


「ええとみなさま、これは喫煙ロボットと言いまして。

 喫煙時に人間の体内に入る毒素を計測するんですな。

 この袋は肺を模した構造になっていて

 ふつうのタバコならばここに汚れがたまっていきます。

 ところがこのヘルシータバコなら何本吸おうとも

 なんの変哲もなくキレイなまんまなのですよ。

 このロボットたちに

 それぞれのタバコを10万本、

 だいたい人間の10年分くらいの喫煙量に相当する量を

 一気に吸わせて違いをお見せします、それ起動!」


松下がスイッチを押下おうかすると

二機のロボットが猛烈な勢いでタバコを吸い始めた。

箱のタバコを数十本取り、着火し、吸い上げる。

この課程をコンマ1秒にも満たない速さでやってのける。

機械で出来たヘビースモーカーの吸いっぷりに

会場は大爆笑となった。

しばらくすると、

ふつうのタバコを吸っているロボットの袋は黒ずみはじめてきた。

一方でヘルシータバコを吸っているロボットの袋は

もとの綺麗なままである。


「うふふ、みなさんおわかりいただけましたか?」


会場から歓声があがる。

松下はにんまりと笑った。

辺留須はふるふると震えている。


「余興にもう一つ実験をしましょう。

 この黒ずんだ袋をヘルシータバコを吸うロボットに接続します。

 するとどうなるでしょう」


ロボットが再びタバコを吸い始めると

なんと汚れた袋がみるみる綺麗になっていき

最後には元のままと変わらない状態になった。


「どうです!ヘルシータバコは害がないどころか

 吸えば吸うほど体を浄化してくれるのです。

 私もこのタバコを使い始めてからというもの

 なんだかとても体がさわやかで元気になった!

 あ、補足しておきますと

 無臭にすることも出来ますよ。

 もはやタバコを禁止する合理的理由は何もありません!

 どんな人でもどんなときでも

 タバコを好きなだけ吸って良いってことです!

 …ですよねえ学長?」


辺留須は苦虫を噛み潰したような

面持ちで口を開いた。


「ぐぬぬぬぬぬぃ…

 わかった…喫煙を許可しよう…」


客席からは自然に松下コールが巻き起こった。

取材陣はあらゆる角度から

松下の得意満面を撮影した。 


「タバコを吸っていいんだ!」


「もう嫌煙に大きな顔はさせないぞ!」


「いろんな施設のタバコ禁止を撤回させていこう!」


客席の学生や学者たちは雪辱を晴らすかのように気炎を上げる。

一方で辺留須は屈辱のあまり

唇を噛みすぎ、血と涙と鼻水を垂らしていた。

さすがにちょっとかわいそうだったので

松下は花を持たせてやることにした。


「ええーこのヘルシータバコの開発は

 最前列に座っておられる辺留須学長から

 直々に許可をいただきまして成し遂げたものです。

 私のようないいかげんな人間がこの日をむかえられたのも

 かすかな可能性に賭けてくださった

 学長閣下の見識と器の大きさがあってのことです。

 ヘルシーという名も、学長の苗字から着想を得たものなのです。

 みなさま、どうか辺留須学長に盛大な拍手をお願いします!」


割れんばかりの拍手が鳴り響き

聴衆は一転して辺留須コールを高らかに叫んだ。

困惑する辺留須に松下はおだてながらマイクを持たせた。

すると辺留須も機嫌を良くして

取材陣の質問に自慢話で答え始めた。



翌日、ヘルシータバコの記事は世界中のあらゆるメディアで

トップニュースとして報道された。

ネットでもこの話題で持ちきりである。

世界中のタバコメーカーの社長が来日して

松下の研究室を訪問した。

松下は多くの人にタバコを楽しんでほしいと

特許料などは取らず、

各メーカーに無償で製法を公開したので

ヘルシータバコは一気に普及した。

この功績が認められ

松下はノーベル医学・生理学賞を受賞した。

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