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ペクトラ  作者: KEN
メアリー・シーベルト 〜婀娜〜
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警報音と遺留品

「あー……また鼠が引っかかったのかも」


 ソファの上からうんざりした声を上げるメアリーへ、洗い物を終えたアンネは濡れた手をエプロンの裾で拭きながら歩み寄った。


「またって、頻繁に誤作動してるの? センサーの感度、再調整した方が良いかしら?」

「人間並みの重さにしか反応しないように変えた筈なんだけど、たまにダクトを通ってきた奴が引っかかるんだよね。鼠とか猫とか、コウモリとか」


 警報音が小うるさく鳴り響く中で出されたアンネの提案に、メアリーは苦々しげに答えた。アンネは目をぱちぱちさせた。


「鼠や猫はともかく、コウモリまで⁉︎」

「そうそう、困っちゃうよ。彼奴ら、空飛ぶくせに、地面に設置してるセンサーにわざわざ引っかかるんだから。……あ、コウモリ食べる文化の国もあるんだっけ? うちのレーザー部屋で出来上がったコウモリのサイコロステーキ、食べられるんじゃないかなぁ?」


 メアリーは子供のように無邪気に目を輝かせてアンネを見た。天才肌だからだろうか、メアリーは唐突にアンネの理解すら超えた事を言い出す事があった。アンネは壁のつまみを捻り警報音を最小にすると、頭痛持ちがするようにこめかみに手を当て眉を寄せた。


「さらりとエグいこと言うのは止めてよ……。ちなみに多分、ここのコウモリは美味しくないわよ。肉食寄りの雑食だろうから」

「なぁんだ、食べられないのかぁ……」


 メアリーは心底残念そうにそう言うと、仰向けでソファにダイブした。ソファはぼふんと優しい音を立ててメアリーの身体を包み込んだ。興味とやる気をいっぺんに失ってソファの上で脱力する彼女の姿は、冬眠中のモモンガ……ほど可愛らしい訳もなく、むしろ夏バテでぐったりしたナマケモノのようだった。その姿を呆れ顔で一瞥すると、アンネは周囲の壁を見回した。


「で、スイッチはどこだっけ?」

「センサーの電源を落とすなら、そこの青いボタンだよ。さっき姉ちゃんが入ってきたとこ。中を確認するならついでに床のお肉を片付けておいて〜」

「ったく、実家に帰ってきたばかりの姉をアゴで使うとか、いい神経してるわね。わが妹は」


 ソファから立ち上がろうともせず入り口の側を指差すメアリーに皮肉たっぷりの笑みを向け、アンネは言われた通り青いボタンを押した。そして警報音が完全に止まったところで入り口の引き戸を全開にした。戸が開くと同時に部屋内部の非常灯が点灯したが、日頃使用されていないその明かりはやる気なく薄ぼんやりと光るばかりで、部屋全体を明瞭に照らしてはくれなかった。だが部屋の中の奇妙な落とし物を認識するにはそれで十分だった。


「……あら?」

「どしたの? 落ちてるでしょ? サイコロステーキ」


 ごろ寝のまま首を伸ばし中を覗こうとするメアリーを振り返り、アンネは酷く狼狽した顔で薄暗い部屋の床の上を指差した。


「何、あれ」

「何……って、どれ?」


 首を傾げるメアリーの視界を遮らぬように、アンネは扉の脇に避けた。そして部屋の中央に落ちている(正確には床に突き立っている)黒ずんだ木製の棒、及びその周辺に散らばる焦げた木片らしき物へ再び指を向けた。


「……肉じゃ、なさそうだね、少なくとも」


 二人は互いにぎょっとした顔で見つめ合った。二人とも身に覚えのない「サイコロステーキ」以外の物がレーザー部屋に落ちている――それがどれだけ異常な事か、二人にとっては言葉を交わすまでもなく明らかだった。


「部屋の内部を調べるから入り口を見張って‼︎ 絶対にセンサーの電源が入らないようにしといてよね」

「分かった!」


 メアリーがソファから跳ね起きると同時に、アンネは手近の棚にあったワイン瓶を握りしめ、部屋の中へと滑り込んだ。そして尻と右脚でスライディングし床に刺さった棒へ近づくと、それを勢いよく引き抜いた。


(これは……‼︎)


 引き抜いた棒を目視しアンネは目を見開いた。それは掌に乗るサイズの平たいただの木の棒――ではなかった。床から抜いたその先には、艶やかに磨かれた銀色の鋭利な刃が付いていた。


「動くな‼︎」


 鋭い声がアンネの耳に届いたのと、アンネの後頭部に硬い物が触れたのと、アンネが先程の警報音の意味に気づいたのはほぼ同時だった。

 アンネはゆっくり手を頭の後ろへ回そうとした。しかし後頭部に突きつけられた硬い物――恐らくは銃口――は、その手を無慈悲に叩き落とした。ひやりとした金属の感触がアンネの手の体温を部分的に奪った。


「動くなと言ったのです。頭を飛ばしますよ」


 背後からの簡潔な脅し文句と、淡々とした中に鋭さを含む声には聞き覚えがあった。それまで軽く動揺していたアンネの頭は、軽く衝撃を加えた過冷却水のように一気に冷え固まった。今必要なのは行動ではなく意思疎通だった。


「一度で良いから、言葉が通じてない可能性を加味してくれないかしらね?」

「……その声は⁉︎」


 背後の者はアンネの落ち着き払った声の意味にすぐ気付いたらしかった。だが互いの警戒が解けたのはほんの一瞬だった。


「姉ちゃん‼︎」

「大丈夫よメアリー、大人しく武器を捨てなさい‼︎」


 突然のメアリーの声へ銃口が向くより先に、アンネは声高らかに叫んだ。侵入者の立ち位置と向きからして、メアリーの位置が侵入者の背後になるのは必然だった。侵入者の機嫌次第ではどちらかが直ぐに撃たれてもおかしくない状況ではあったが、背後の侵入者の動きが止まった気配にアンネはひとまず安堵した。アンネは足元に落ちたナイフとワイン瓶を一つずつ後ろへ蹴り、手をひらつかせて無抵抗をアピールしながら言った。


「私も妹も抵抗しないわ。約束する。だからそっちを向いてもいいかしら?」

「……ゆっくり動いて下さい。おかしな真似をすれば発砲します」


 侵入者の声には当惑が微かに混ざっていた。恐らく相手もこちらの正体に感づいたのだろう。銃口が再度こちらへ向けられた気配を背中で感じつつ、アンネは出来るだけゆっくり振り返った。その両眼とこちらへ向き直った侵入者の視線が重なり、二人は薄明かりの下で互いの姿をはっきり認識するとほぼ同時にため息を漏らした。


「……やはり貴女でしたか。こんな所で再び会う事になろうとは」

「それはこっちの台詞よ」


 むすりとした顔で銃の安全装置をかけるステラへ、アンネは強張った薄笑いを浮かべ答えた。

 

   *


「貴女は人に挨拶する時はまず武器を向けるのね、ステラ」

「ここの仕掛けがおかしいせいです。何ですかこのセキュリティシステムは。城の宝物庫にでも侵入したのかと思ったじゃないですか。幸い、部屋へ入る前にレーザートラップの存在に気付いたので、自分には問題はありませんでしたが……おかげでナイフを一本駄目にしてしまいました」


 メアリーが用意した温かい紅茶に手もつけず、部屋の隅で胡座座りしたままステラは椅子のアンネを睨み上げた。その腕の中には先日見た小銃とは別の銃があった。

 よく見ると銃筒には細長い穴がいくつも開けられており、銃身のほぼ中央には分厚い円盤状のものが食い込むようにくっ付いていた。それは見た事のない形状ではあったが、取り付けられた位置からして弾倉の一種だろうとアンネには予測できた。であればあれは連射式の銃だ。そんなものを持ってステラがここにいる理由もアンネには勿論気がかりだった。だが今は、まず言わねばならない事があった。


「……悪かったわね、過剰なセキュリティは父の所為よ。厄介な客を追い返す為にね。でも貴女も大概じゃないの? 銃なんか抱えてダクトから入ってくるとか。普通、人間の通る道じゃないでしょ」


 アンネは人差し指で机の端を数回叩くと、冷ややかにステラを見据えた。ステラの立場からすれば、この街でたまたま侵入しようとした部屋がレーザートラップ地獄だったというのはとても理不尽で不幸な事だったに違いない。だがアンネとしても、入り口の扉以外の場所から人間が侵入するなんて想定外の事だった。あのトラップは本来しつこい訪問客を追い返すためのものであって、決してダクトからの侵入者をサイコロステーキに変える為のものではないのだ。そこを明確にしないまま武装したステラに凶暴女扱いされるのは、アンネにとって不本意極まりない事だった。だが当のステラはそんな思惑など気にも留めていなかったらしく、寧ろ心外だと言いたげに目を丸く見開いた。


「余所者が雪道を堂々と歩くのも変かと思いまして、様子を伺う為に地下通路から人間の通れる道を探していたんですよ。ダクトを使うのは普通ではありませんか?」

「少なくともこの街では、普通じゃないわね……銃を担いでるのも含めて」


 変に誤解を受けてはいなかった事に内心胸を撫で下ろしつつ、アンネは呆れ顔で答えた。そんな二人をメアリーは姉の後ろから黙って見守っていた。その手にはフライパンがしっかりと握られていた。

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