女医と青年
クセニアは笑顔でアンネの頭をぽんぽんと叩くと、アンネ達が運んできた気絶中の男を指差した。
「で、そこのルーイはどうしたんだ?」
「よく分かんないんだけど、うっかり頭を打って気絶しちゃったみたい。診てもらえるかしら」
アンネはわざとしらを切った。だが二人の事を幼少期から知っているクセニアにとって、実際何が起きたかを想像するのは難しくはなかった。クセニアはにやりと笑った。
「……あぁ、この阿呆はまた馬鹿な事を言ったんだね。まぁいい。これ以上阿呆にはならんだろ此奴は」
「阿呆」と「馬鹿」を妙に強調させて言いながら、クセニアはルーイの後頭部を触り瞼を開閉させた。そして大した問題もないと判断すると、部屋の奥の扉へ声をかけた。
「おーい、クレム、おいで!」
「は、はいー」
弱々しい声に続き、扉の向こうからパタパタとやや頼りない足音が近づいてきた。そしてギイイと扉が開き、どことなく幼さの残る顔立ちをした一人のひょろ長い青年が現れた。彼は大きな黒鞄を重そうに抱え、足取りも覚束なかった。
「すみませんドクター、遅くなりました」
よろよろとしながら彼は頭を下げた。その拍子に丸眼鏡が鼻からずり落ちそうになり、彼は慌てて眼鏡を持ち上げた。彼が真面目にそうしているだけだという事は彼の表情からも明らかだったが、その動きは何故か酷く滑稽に見えた。
「彼を介抱して差し上げろ。多分大丈夫だが、念のためバイタル一式、とっておいてくれ」
「は、はい、ドクター」
クセニアの言葉におどおどと答えると、彼は黒鞄を足元へ置きルーイの両脇を抱えた。
「……ストレッチャーはそこにあるからな?」
そのままルーイを引きずって行こうとした彼にクセニアは呆れ顔で釘を刺した。その言葉に彼はびくりと身を震わせた。
「あ、はい! すみませんドクター!」
彼は急いでストレッチャーにルーイを乗せると、逃げるように扉の奥へ引っ込んでいった。後には彼が置いていった黒鞄だけがひっそり残されていた。
「……もう、バイタルとれと言ったのに診察道具一式を置いてって……しようがない奴だ」
クセニアは大きなため息をついて黒鞄を拾い上げた。
*
「すまないね。ひと……りじゃなかったか。待たせてしまって。鞄を持って行ったついでにルーイの様子を見てきたんだ」
奥の扉から出てきたクセニアは一瞬アンネの後ろで立ち惚けているフィンの様子を伺ったが、すぐにアンネへにこりと微笑み自らの肘掛け椅子へ腰掛けた。そして診察台の下から丸椅子を二脚引き出し二人へすすめた。
「気にするような事じゃないわ。それよりさっきの子は?」
椅子を引き腰掛けるとアンネは尋ねた。幼い頃からクセニアと仲の良かったアンネだが、クレムと呼ばれていた彼の事は全く記憶になかった。アンネが街を出た後に彼がクセニアの元へ来たのだろうという事位は想像がついた。しかし昔から要領の良いクセニアの性格からして、彼のような(正直どんくさそうな印象の)青年をわざわざ雇う必要はないだろうと思っていた。そんなアンネの疑問を察したのだろう、クセニアは困った顔で頬を掻いた。
「彼はクレム。薬剤師のタマゴなんだが、どうしてもと頼まれたから仕事を手伝って貰ってるんだよ。……いや、やる気は素晴らしいんだよ?だがどうも……その……ねぇ」
「うん、言いたい事は何となく分かるかも……」
二人は顔を見合わせ苦笑いした。
「そんな事より本題に入ろうか」
「本題?」
きょとんとするアンネの顔をまじまじと見ると、クセニアはフィンの方へ顎をしゃくった。
「そちらの彼は何者だい? お前の男かい?」
アンネは眼を丸く見開き硬直した。
「……じ、冗談はよしてよ‼︎」
クセニアのにやけ顔にルーイの顔が重なった。アンネは眼をぱちつかせ全力で否定した。クセニアはあははと豪快に笑ってフィンへ手を伸ばし、二人の話を飲み込めていない彼の前髪を無遠慮にぐいと上げながら言った。
「だよなぁ、どう考えてもお前好みの顔じゃない……ん?」
クセニアはそこで言葉を切り、フィンの顔をじいと見つめた。だがその眼は可愛い妹分の連れてきた男を冷やかすものではなかった。
「私とした事が……今まで気づかなかった。君、熱があるじゃないか」
「え⁉︎」
真剣なクセニアの声にアンネもフィンを見つめた。フィンの顔は、いや、顔から首筋にかけて全体的に赤みを帯び、呼吸も微かに荒くなっていた。それでも彼は自らを凝視する二人を前に曖昧に微笑むばかりだった。いつから? ずっと我慢していた? 何故具合が悪いと言わなかったの? アンネは湧き上がる苛立ちに唇を噛んだ。
「仕方ない、診察台……いや、私の仮眠用ベッドに寝てくれ。特別にタダで診察してやろう」
傍らの聴診器を引っ掴み、クセニアはがばりと立ち上がった。
裏ペクトラ劇場
ウィル(以下W):しっかりとした連日投稿は久しぶりだな。
ミーチャ(以下D):もうすぐこの連載が始まって1年が過ぎようとしてるので、初心を思い出そうと気張っているみたいですよ。
W:そう言えば最初は毎日連載だったな。
D:えぇ、一時期は身を削るように書き狂ってましたねぇ作者。挙げ句の果てに話を挿入したがために1日2話更新してた時もありましたねぇ。(しみじみ)
W:その反動で文字数は少ないわ、推敲は全く出来てないわ、話の辻褄合わせに苦労するわ…
D:今も大概な文書いてると思いますけどね。
W:まぁでもさ、確かに根強いファンに支えられてるよ、俺らは。
D:確かに。ありがたい事です。
W:…で、明日は更新されるのか?
D:…さあ?




