雪山の再会
突然姿を消したステラ達を探しに行く事も出来ず、アンネは小屋の中へ戻るしかなかった。
『オリーブとステラさんは? どっか行ったのか?』
心配そうに尋ねるフィンにアンネは首を横に振った。
『よくわかんない。ろくに話もせずいなくなっちゃったわ』
『そうか……』
フィンは鼻をすすった。何度も鼻をかんだのだろう、彼の鼻の頭はすっかり真っ赤になっていた。
『オリーブ、大丈夫かな。こんな吹雪の中を出て行って……』
『ステラがかなりサバイバル環境に慣れてる感じだったし、多分大丈夫でしょ。目的地は同じみたいだから、近いうちにまた会う事になるかもね』
拾った折り畳みナイフをカチカチ開閉させながらアンネは答えたが、アンネの心配は別にあった。先程聞いたステラの言葉が油汚れのようにこびりつき、アンネの頭から離れなかった。
(重要人物って誰の事だろう……彼奴の事じゃなければ良いけど。ともかく、早く街へ向かった方が良いな)
アンネはナイフを完全に畳むとポケットへしまった。その時だった。
――ドゴォン‼︎
小屋が丸ごと地面に叩きつけられたかのような大きな揺れに二人はよろけた。続いてゴリゴリゴリと連続的に擦れる音が聞こえ、二人は顔を見合わせると小屋の外へ飛び出した。
外には一台のスノーモービルが壁に側面を擦る形で停止していた。そしてその傍らには途方にくれたように佇むヘルメット姿の人間が一人いた。
「まいったまいった、あいたたた」
ヘルメットを外し首筋を痛そうに押さえる青年の後ろ姿にアンネは見覚えがあった。
「……ルーイ? 貴方ルーイよね?」
ルーイと呼ばれた青年はアンネの声に振り向くとあっと声を上げた。
「もしかしてあんた、メアリーの姉貴のアンちゃんか?」
アンネはにっと笑った。
*
ルーイのスノーモービルは街へ戻る途中に操縦不能となり、そのまま二人がいた小屋へ激突してしまったらしかった。エンジンをかけ直そうとしたもののうんともすんとも言わず、ルーイは頭を抱えた。
「どないしよ、ジルベールに頼まれた荷物もぎょおさんあるっちゅうのに。こないとこから全部担いで街まで歩くなんて、とても無理やで」
ルーイの言葉にアンネの顔が一瞬強張ったのをフィンは見逃さなかった。だがアンネの表情の理由を追及する間もなく、フィンはアンネにがしりと肩を組まれていた。
「仕方ない、私達も手伝ってあげるわ。」
「ほんま!? おおきに! おおきにな!!」
ルーイは二人の手をぶんぶん振って歓喜した。言葉がわからないフィンを完全に置いてけぼりにして、話は速やかに決まった。
*
「今日だけは貴方に会えて良かったと思うわ、ルーイ」
「『今日だけは』って酷い言い草やなぁ。でもわしも丁度良かったで。まさかこんな山ん中で事故るとは思わなんだからなぁ」
肩で息をしながらも懸命にスノーモービルを押すアンネの皮肉を背中で受け止め、ルーイは苦笑いした。スノーモービルの前方からルーイが綱で引き、後方からアンネとフィンが押す形でやっと動かしてはいたが、この運搬は三人の想像以上に辛い作業だった。
アンネは右隣のフィンの顔を盗み見た。アンネに言われるがまま手伝わされていたフィンはアンネ以上に息を荒げていた。フィンが倒れてしまったら押し手が減るという事実にのみ不安を覚え小さくため息をついた時、フィンと視線が交差した。
『なぁ、アン……』
『何?』
『気のせいかな。彼、今まで会った人達と発音の仕方が違うような……』
息を弾ませながら聞くような事かとアンネは一瞬ツッコミかけた。しかしフィンの指摘は事実だった。
『気のせいじゃないわ。インパイは共用語を使っているけど訛りが強い地域なの。でもよく気づいたわね』
フィンが小さく笑って答えようとした時、ルーイは思い出したように口を挟んだ。
「そやそや、さっきから聞きたかったんやけど……そちらさんはアンちゃんのこれですかぁ?」
ルーイは振り返らずに右手の親指を立ててみせた。その仕草の意味を理解するのにアンネは数歩歩くだけの時間を要した。
「……はぁ!?」
「いやーアンちゃんも隅におけまへんなぁ。ムフフ。こんなイケメンはんと毎夜……」
数テンポ遅れたアンネの反応に、ルーイは頬をピンクに染め嫌らしい微笑みで振り返ろうとした。しかし。
――ドゴッ。
「あんたの下ネタには昔からうんざりなのよ、ルーイ」
アンネの放り投げたヘルメットは見事にルーイの後頭部を直撃した。
脇目も振らずひたすらスノーモービルを押していたフィンは、それの急停止で前方を視認し、初めてルーイが気絶した事に気がついた。
『……あれ?』
フィンはすぐさまスノーモービルに引かれる寸前になったルーイの身体を引きずりだした。ルーイは頭にたんこぶを作り、半ばにやけ顏で気絶していた。その原因を作ったのは状況からしてアンネ以外には考えられなかった。
『このままバイクと一緒に置き去りにしようかしら』
アンネはふくれっ面で足元のルーイに言い捨てた。フィンは首を傾げた。
『……怒ってるのか? 何を言われたんだ?』
ルーイが親指を立てた意味をフィンは理解していなかったようだ。いや、単に彼の仕草を見ていなかっただけかもしれない。いずれにしても、状況を飲み込めていないフィンにはアンネが顔を赤くしてむくれていた理由など分かる筈がなかった。
『べ、別に何でもないわよっ!! ……あ』
顔を背けた先に民家の明かりを見出し、アンネはそれが見覚えのある建物である事に気がついた。
『ちょうど良かった、あそこの家の人、ドクターだから、彼女に診て貰いましょ』
二人の間に流れる気まずい空気(実際には彼女がそう思っていただけだが)を払拭しようとして、アンネはわざと陽気に言った。
*
「ごめんくださぁい」
アンネのよく通る声に扉の向こうから顔を出したのは、アンネより少し年上くらいの涼しげな眼をした半袖白衣の女性だった。男のフィンから見ても美形な顔立ちである事は明らかだったが、しかし彼女の髪があまりにぼさぼさだった所為で、彼女の折角の美しさは半減していた。
彼女は寝ぼけ顏でアンネの顔をしげしげと眺めていたが、突然手を打って叫んだ。
「あぁ! アンネじゃないの‼︎」
「お久しぶりです、ドクタージャックラビット」
アンネは猫を被ったような可愛い声を作っていた。共用語の分からないフィンにもその事実はしっかりと認識されていた。
「しばらく見ない間にえらく可愛くなったね。昔のようにクセニアと呼べばいいさ。何なら『永遠の美貌の化身、クセニア様』と呼んでくれても構わんよ?」
アンネはその答えにくすりと笑った。その笑顔がほんの少しだけ可愛く見えてしまったフィンは、思わずアンネを二度見した。
「相変わらずのようで安心したわ。クセニア」
アンネはクセニアに抱きついた。
裏ペクトラ劇場
ウィル(以下W):ニホンは本当に暑いなぁ…。
ミーチャ(以下D):本編はまだまだ雪の毎日が続きますけど…このギャップが辛い…。
オリーブ(以下O):そもそも、何故こんなにギャップが出来てしまったんでしょう?
W:作者が今進行してるアンネ主体の話を考えてた時が冬だったから、周囲の環境を雪国に設定したらしい。
D:作者もまさか、自分の遅筆がここまでとは思わなかったのでしょうね。
W:本来なら今頃はもうあれやこれや終わって次の話になる筈だったんだろうけどな。計画性のなさが一番の問題だ。
O:で、でも、寒いくらいの話にした方が暑苦しくなくて良いかもしれません。ね?
W:アンネが出てるだけで十分暑くr
ーーグウワァァァン‼︎(特別出演:金だらい)
D&O:…お、恐ろしい方がまだいらっしゃいましたね…。




