覆面の美女
オリーブと握手を交わした後、アンネは女の方にも右手を差し出した。
「貴女の事は何と呼べば良いかしら、覆面さん?」
アンネの言葉で女は即座に覆面を外した。覆面の下から現れたのは、憂いと覚悟を円らな灰色の瞳に宿した女性の色白な顔だった。伸ばしていれば見事な金色の光を放っていたであろう豊かな髪がベリーショートに切り揃えられていた事と鋭い眼光が女性の顔の小ささに気付かせるのを妨げていたが、それでも尚女性の美しさは明らかだった。
「名乗るのが遅れて申し訳ありません。私の事はステラとお呼び下さい」
腰の低い物言いで深々とお辞儀をしたものの、自らをステラと名乗った女はアンネの右手を取る事なく踵を返した。その態度にアンネはむくれた。
(何? あの高慢な態度……イヤな人ね。)
「あ、あのぅ……」
すぐ後ろから聞こえたおどおどした声にはっとしてアンネは振り向いた。少し怯えた眼で此方の様子を伺うオリーブを見て、アンネは自分が怖い顔で女を睨んでいた事に気がついた。
自らの背丈より僅かに短い小銃を、銃口を真下に向けた状態で大事そうに抱え持つオリーブの顔は紅潮していた。息遣いも荒かった。身を切る寒さと銃の重さが小さな身体に堪えていたが、そんな事を感じさせまいとするかのようにオリーブはにっこりと微笑んだ。
「とても良い人なんですよ? その……ステラさんは」
オリーブの言葉にアンネが耳打ちで反論しようとしたその時、細い手首の左腕がオリーブの小銃を取り上げた。その腕はステラと名乗った女のものだった。女の羽織っている分厚い上着の長袖の下にはむきむきに鍛えられた二の腕が隠れているに違いないとアンネは思った。
「ともかく、私達の仮拠点へ行きましょう。降雪が酷くなってますから、屋根のある場所の方が話しやすい」
二丁の銃を肩にかけ、深々と降り続く雪を眩しそうに見上げると女は言った。
*
女の誘導に従い四人は雪の中を進んだ。女の言う所の「仮拠点」へ辿り着くまでそう時間はかからなかった。そこは一軒の朽ち果てた丸太小屋だった。家主が離れてもう何十年も経つのか、窓ガラスは砕け落ち扉は風が吹く度にきいきいと音を立てた。四人は身体に積もった雪をよく払い扉をくぐった。
小屋の内部はテーブルは疎か椅子の一つも置かれてはいなかった。隅に積み上げられた僅かばかりの藁と小枝がその部屋にある全てだった。
「随分ステキな拠点ね。雨と雪が凌げるだけマシってとこかな」
殺風景な内装を見るなりぼやくアンネへ女は冷めた視線を向けたが、嫌味に言葉を返す事はしなかった。代わりに女は担いでいた銃と袋を下ろすと手持ちのランプに火をつけた。
「さて、お二人の身体検査をさせて頂きます。荷物はオリーブの前に置いて。オリーブ、手伝って下さい」
「は、はい、分かりました」
女の命令にオリーブは遠慮がちに頷いた。
*
身体検査と言われ丸裸にされる事を想定していたアンネだったが、着衣状態で身体に武器の装着がないかを触って確認する程度のものだった。両腕を挙げて女にボディチェックを受けながらアンネはずっと考えていた疑問を口にした。
「私達みたいな非武装の一般人を相手に、幾ら何でもやり過ぎじゃない?」
「もし貴女が銃の危険性を認識出来ない方だったら、直ぐ武装解除しましたよ」
女の返答は予想よりも刺々しくはなかった。少なくとも、先程まで声の端々に滲んでいた敵愾心は和らいでいるように思えた。
「然し貴女は私の銃を見て顔色を変えた。つまり銃の使用方法を知っているという事になる。地球ならともかく、ここではそれは危険人物とみなす根拠となり得ます」
(『ちきゅう』……?)
女が何気なく漏らしたその単語にアンネは聞き覚えがあった。それが何処で聞いたものなのかを思い出そうと首を捻った時、背後からオリーブの声が飛んできた。
「終わりました、あの、ステラさん。武器の所持はありませんでした」
アンネの荷袋を持ち上げ女の方へ見せるように広げるオリーブを見た時、アンネはその言葉を聞いた時の状況を思い出した。アンネは眼を見開いた。
「……貴女、ペクトラ?」
唐突に発せられたアンネの言葉に女の顔色は変わった。
裏ペクトラ劇場:言語その2
オリーブ(以下O):おはようございます。
ウィル(以下W):おぅおはよっ。今日は比較的顔色良いな。早朝にも慣れたか?
ミーチャ(以下D):無理しなくて良いんですよ?気分が良くない時は直ぐ言って下さい。
O:ありがとうございます、今の所は大丈夫です、それより質問が…。
W:何だ?
O:以前「地球」って場所の話が出ましたよね?私達の住む惑星と色々共通点があると学びました。
D:そうです。さすがオリーブちゃん!素晴らしい記憶力ですっ‼︎(オリーブの両手を取る)
O:あはは…(苦笑)…それで、私達の話す共用語は、地球でどのような言語に相当するのか気になって…。
W:それはな、作者も散々悩んだらしいが結局、「21世紀初期に使用されていた日本語」が一番近いという事にしたんだと。
O:「という事にした」…(汗)
W:他国との交流がしやすかった時代の言語がベースだから、他国の言語がなし崩しに混在して表記される事もある。だが気にするな。気にしたら負けだ。
D:そうですっ!そんな些細な事はウィルに任せときましょ‼︎(オリーブの両手を握り続けている。)
W:おいおい、早めに手を離した方が良いぜ?さもないと…。
ーーガヂャリ。(フェドロフM1916の銃口をミーチャの額に突き当てた音)
ワーニャ(特別出演):オリーブに手を出したら許さん。
D:ええっ⁉︎ここはオリジナルだけの場所でしょ⁉︎出てくるなんて反則ですよぉ‼︎(汗)
※ワーニャに関しての詳細は「オリーブ・アンダルシア」の章の後半をご参照下さい。




