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ペクトラ  作者: KEN
アンネ・シーベルト 第二幕 〜脱兎〜
82/131

離脱

 振り上げた右腕を下ろしながら前方へ向き直ったフィンも、すぐに目下最大の問題点に気がついた。

 爆走中のバイクが辿る白い道の先には黒い線が横たわっていた。目を凝らすとそれは切り立った岩壁の断面だった。溝か隆起かの判断までは出来なかったが、数分後にそこへ突っ込んでいくであろう現状がいかに絶望的で危険かという事は、流石のフィンにも理解出来ただろう。

 顔から血の気が引いていく程の恐怖に抗いながら、フィンは努めて冷静に振る舞おうとしているようだった。だがそれは無駄だった。酸欠の魚のようにぱくぱくさせる口からは震え声すら出なかった。


『準備っ‼︎』


 アンネが一際耳に響く声で叫ぶ。フィンは我に返ったように振り返ったが、『何の準備をしろと言うんだ?』と発せられる筈だった声はかすれ、バイクの風に掻き消された。


『離脱の‼︎』


 ブレーキやギアをがちゃがちゃいじりながらアンネはきっぱり言い放った。それでフィンは漸くアンネの意図を悟った。アンネは、減速させた後バイクから飛び降りるつもりでいるのだ。


(今の速度と路面状況を考え合わせると、ブレーキをかけても停止前に障害物にぶつかる。これが多分最善の判断!)


 迷っている時間は無かった。眼前に迫る障害物の正体を確認する前に離脱の合図を出そうとしたのだろう、アンネが右手をハンドルから離したまさにその時。


ーーーパパパパンッッッ‼︎

 軽い破裂音が周囲に響き、バイクの前輪の周囲に雪が飛び散った次の瞬間、バイクは勢いそのままに前のめりになった。二人の身体は宙へ投げ出され、なす術もなくそのまま地面へと叩きつけられた。

 落下の衝撃を諸に全身で受けたが、アンネの意識は比較的正常に機能していた。アンネは痛みを堪えながら、伏せたままで視線を周囲へ巡らせた。バイクから投げ出される直前に聞こえた、人工物によると思われる音――恐らくは発砲音――の主を見つける為だ。


(前輪をパンクさせて私達を故意に落としたか、或いはフィンへの狙撃が外れた結果か……何れにせよ、視界に捉えられない距離からの狙撃なら、相当やばい‼︎)


 底知れぬ危機感と寒さに身体を震わせながらもアンネは警戒の糸を緩めなかった。

 その時。


「大丈夫でしたか?」


ーードサァッ‼︎

 突然頭上から聞こえた声と音、そして目の前に突然降り立った二本の細い足にアンネはぎょっとした。アンネは反射的に顔を上げ、そして硬直した。

 アンネの鼻先には黒光りする銃口が向けられていた。抵抗すれば撃つ――その銃口は静かに雄弁に語っていた。アンネは出来る限りゆっくりとした動きで両手を上げた。


「……共用語ね。私に何か用かしら?」


 アンネは慎重に言葉を選びながら自らへ銃口を向ける女性へ話しかけた。フィンの追跡者が共用語を使わないなんて先入観はなかったが、相手の素性が分からぬうちに此方の手の内を見せたくはなかった。


「あのまま爆走していたら崖に激突していました。我々の位置から貴女達を助けるにはああするしかなかった」


 女性は小銃を構えたまま淡々と答えた。目出し帽を被っており人相は分からなかったが、ぱっちりと開いた二重の眼と長い睫毛は彼女の端麗な顔立ちを如実に示していた。


「……助けるにはって、この状況でよく言うわよ」


 アンネは皮肉を込めて笑った。しかし目出し帽を被った女はアンネの皮肉には反応せず、アンネの後方へ視線を向けぽつりと呟いた。


「それより、佐清……」

「スケキヨ?」


 アンネは訝しげに反復した。何かの固有名詞とは推測出来たものの、アンネにはその言葉の意味が理解出来なかった。アンネの表情でその事に気付いた女は、銃口をアンネの後方へ向け静かに言い直した。


「貴女の後ろの連れの方、助けた方が良いと思います。呼吸が弱くなっている」


 その言葉で漸くフィンの危機を理解したアンネはばっと後ろを振り返った。腰から上を雪に埋没させた人間の両足がそこにはあった。雪上に見えている長靴とズボンがフィンに着替えさせた時のものである事に即座に気付き、アンネの顔色は変わった。


「ちょっと‼︎」


 慌ててフィンに駆け寄り、アンネは雪を掻き分け始めた。間もなく唇の青くなったフィンの顔を掘り起こすと、アンネはフィンの襟首を掴み左頬を容赦なく叩き始めた。

 フィンの左頬が真っ赤に腫れ上がった後。


『……ぶっはぁ‼︎‼︎』


 フィンの呼吸と意識は漸く正常化した。アンネが襟首を離したためフィンは四つん這いの体勢になり、ぜえぜえと肩で息をした。


『……死ぬかと思った‼︎』


 フィンの発語を確認し、アンネは安堵の表情を浮かべながらも呆れた声を作りフィンの頭上から声を掛けた。


『まだ危機は脱してないわよ。あれ』


 四つん這いの体勢のまま、フィンは両手を上げ直すアンネの指差す方へと顔を向けた。先程と変わらず小銃を構える女の姿を視野に捉えたフィンは、首を傾げながらアンネを振り返った。


『……えーと、この状況は?』


 些か間の抜けた声で尋ねるフィンにアンネは呆れ顔をするしかなかった。


『私達は見ず知らずの女から銃を向けられている。理由は私にもわかんないわ。とりあえず、撃たれたくなければ両手を挙げて』


 状況説明をしながらアンネは女の方へ視線を戻す。フィンが素直に両手を挙げるのとほぼ同時に、女も向けた銃口をアンネの方へ戻していた。


「何を話しても構いませんが、下手な考えは起こさない方が良いですよ」


 女の声が僅かに鋭くなったようにアンネには感じられた。二人の話すトキリア語が理解出来ないために、反撃の計略を練っているのではと警戒したのだろう。要らぬ誤解を招かない為にも、この場では不用意にフィンと話さない方が賢明だとアンネは考えた。


「この人は共用語が分からないから通訳してるの。それより、その銃を下ろして貰えないかしら? こっちは二人とも丸腰よ」


 ひらひらと掌を振りながら提案するアンネに対し女は首を横に振った。


「申し訳ありませんが今は無理です。安全な場所で御二方の持ち物を調べた後に武装解除させて下さい。殺すつもりならとっくの昔に殺してます。現時点でこちらに攻撃の意思が無い事は自明と思いますが」


 冷ややかな女の言葉が三人の間に流れた。周囲の空気がますます冷えていく感覚を覚え、フィンはぶるりと肩を震わせた。女の言葉が分からなくとも、女の態度が好意的でない事だけは把握出来た。


(まずいなぁ……何かないか? この場を切り抜ける方法……)


ーーがさっ。

 必死に考え込んでいたフィンは、頭上の微かな物音に気づく事が出来なかった。

裏ペクトラ劇場:環境その2


ウィル(以下W):最近なかなか更新しねぇな、作者。

ミーチャ(以下D):しょうがありませんよ。色々忙しいみたいですから。

W:更新をこまめにしねぇから数話前のような大ポカやらかすんだよ。

D:それは僕らが怒っても仕方ないでしょう。さぁ本題へ行きましょ。折角オリーブちゃんもいる事ですし。

オリーブ(以下O):えと、今日もお願いします…。

W:そだな、気を取り直していこう。この世界の話をしてたんだっけか。

D:はい、基本的な環境は地球と同様、但しこっちは衛星が二つあって…みたいな話をしてましたね。

O:あの、質問良いですか?

D:どうぞ、オリーブちゃん。

O:「地球」って何ですか?

W:俺達みたいな人類を含めた様々な生命体が繁栄した惑星さ。詳細は後でワーニャに聞くといい。

O:はい。あ、そう言えば時間の話が時々出て来ていますよね。その辺りの説明が欲しいかなと…。

W:そうだな。この惑星の1日は20時間。一年は300日だ。

D:因みに地球ってとこは1日24時間、一年は365日なんですよ。少しだけ違いますね。

W:ま、存在する場所が違うんだから当然だ。

O:でも、時折エクストラの皆さんが見せる知識の片鱗は…

W:おっと。それ以上は…

D:禁則事項です(にっこり)

W:お前は未来人か。

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