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ペクトラ  作者: KEN
オリーブ・アンダルシア 〜苦悩〜
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酒屋の女主人と少女

 ウィルの家を出たその日の夜。

 二人は湖畔の街の酒場の前で足をとめた。


「おいおい、未成年が入っていい店じゃなかろうに…。」


 心配するフィンをよそにウィルは機嫌よく答えた。


「お得意さんがやってる店なんだ、ここは。俺がペクトラだと知ってる数少ない一般人。ご飯がうまいし宿泊OKだから、今晩はここに泊まろう。」


   *


「あらウィリー、連れがいるなんて珍しい。」


 ドアを開けるとカウンターから女性の声がかかった。ウィルは少しだけ眉をひそめ、しかし笑顔で声の方に近づいた。フィンも慌ててあとに続いた。


「リーナ…その呼び方はやめてくれ。俺はウィルの方。それ位わかるだろ?」

「いいじゃない。二人(ウィルとリリィ)の名前をくっ付けて呼ぶ位。私は気に入ってるけど。」


 お皿を重ねて拭きながらリーナはすまし顔で言った。


 リーナはこの酒屋を切り盛りする女主人だった。親の店をひきつぎ、30歳を過ぎた現在に至るまで彼女は独身のまま経営を続けていた。目を見張るほどの美人とまでは言えないが、持ち前の明るい性格と彼女のおいしい手料理に沢山の客がひきつけられ、店はそこそこ繁盛していた。


 因みにリリィの意味不明な例えによると、リーナは『美人女怪盗三姉妹の次女と三女を足して2で割ったような雰囲気の女』とのことだった。『長女の色っぽさが欲しかったのに』と、よく分からない愚痴を聞かされた時の事をウィルはふと思い出した。


 リーナの正面の席へ腰かけるとウィルは呆れ顔でリーナに言った。


「あんたみたいな考え方の人は珍しいんだって。そもそも一般人のくせに、俺達(ペクトラ)の存在を安易に受け入れてしまうあんたの性格は問題あると思うぜ?」


 実際、ウィルは本気で心配していた。最初に彼女の依頼をうけたときから気づいていたことだが、リーナは単純でお人好しすぎるところがあった。いくら平和なご時世でも、人をもう少し疑ってくれないと危ないとウィルは思っていた。しかしそんなウィルの思惑など気づきもせず、リーナは胸をはって言った。


「あら、私こう見えても人を見る目には自信あるわよ? 貴方もリリィも、嘘をついて騙すような悪い人じゃないってわかってる。そうでなければ店の敷居はまたがせてないわよ」


 リーナの言葉に顔がにやけそうになるのをぐっとこらえ、ウィルは意地悪くべえっと舌を出した。


「そりゃどーも。あんたを油断させる罠なんだ」

「ふふ、それは用心しなくっちゃ。……ところで、こちらの髪の綺麗なイケメンさんは?」


 リーナは作り置きのお通しと水を二人の前へ置くと、柔らかな笑顔をフィンに向けて尋ねた。


「今のお客。異国の人で、通訳として雇われたんだ」

「へえ……名前は?」


 リーナはフィンに興味津々というようにカウンターから身を乗り出した。フィンはまじまじと見られ当惑し、ウィルへ助けを求める視線を送りながら尋ねた。


『……えっと、言葉分からないんだけどさ……彼女、何て?』

『名前を教えて、だって。言ってもいいか?』

『……言葉が分からなくてもいいなら、別に構わないけど……』


 安易に承諾するフィンにウィルはますます呆れた。

『いいどさぁ……フィンも少しは警戒しようぜ……』


 リーナに向き直りウィルは言った。


「フィンって呼んでくれってさ」


 ついでにウィルはリーナを指差しフィンへ言った。


『ちなみにこいつはリーナ。ここの店の主。気のいい人だから安心していい。』

「リーナって言います、よろしくね、フィン!」


 リーナの屈託のない笑顔に、言葉のわからないフィンは曖昧な笑顔で答えるのだった。好奇心旺盛なリーナの事だ、間も無くフィンを質問攻めにしようとするに違いない。フィンを守る……というよりは、通訳の手間を省きたくて、ウィルは話題を探した。


「……あれ、あの子は? 俺、見たことない」


 ウィルはテーブル間をせわしなく動き回っている少女を指さした。

 どうやら少女は空いた食器を下げる仕事をしているらしかった。歳は7、8歳位だろうか。明るめの茶色で所々はねたショートヘアと、子供らしいくりくりとした水色の瞳が特に印象的な少女だった。恐らく同年代に混じっても可愛い部類の器量だろう。

 しかしその少女が店にいる理由をウィルは知らなかった。独身のリーナに子供がいるわけがないし、「親戚の子を預かった」位しか思いつかないが……。



「……あの子はオリーブ。数日前から居候しているの」


 リーナは意味深長な表情で少女へ視線を投げ、洗い終えた食器を棚に一つ一つ戻しながら話を続けた。


「親が死んで、預けられた親戚の家を飛び出してきたんだって。ひどい扱いを受けてたみたいで、絶対戻りたくないって駄々こねるから、しばらく面倒見ることにしたの。でも8歳の女の子だもの。きっと親戚の方も心配してるから家に連絡させてって言ったのに、連絡先を教えてくれなくて……」


 ウィルは自分の顔が徐々に引きつっていくのを感じていた。どうやらリーナは心配しているそばから不安要素を家にあげていたらしい。


「ったく、そんな不審な子供の話をやすやすと信じ、あまつさえ寝床と食事を与えるってどうなん……」


 ため息をつきながらリーナに非難めいた言葉を言いかけたとき。

 敵意にみちた鋭い視線が背後に刺さるのを感じた。即座に振り返り周囲を見渡したが、がやついている酒場の客席の中から視線の主を特定することはできなかった。


『……ウィル、どうかしたか?』

「ん? 何かあった?」


 二人からの同時の問いかけに対し、ウィルは黙って首を横に振った。


   *



 ご飯を終えた二人は予定通りリーナの店で部屋を借り、ベッドに横になった。しかしウィルは酒場で感じた視線のことが気になり眠れずにいた。


「……フィン、起きてるか?」


 掛け布団を捲って隣のベッドに声をかけると、フィンは布団から寝ぼけ顔を出した。


「……どした?」

「ちょっと気になることがある。滞在を数日伸ばしていいか?」


 ウィルの予想外に真剣な横顔を見て只事ではないと感じ取ったのか、フィンもベッドから起き上がった。


「俺のことは気にしなくていいさ。それより、気になるのはオリーブって子のことか?」


 声をひそめて尋ねるフィンにウィルは小さく頷いた。


「ああ……胸騒ぎがする。リーナが妙な事件に巻き込まれないか、きちんと見定めておきたい」


 窓から差し込む月光がウィルの横顔を照らした。ウィルの深刻そうな表情は少々オーバーのようにも思えたが、それだけリーナがウィルにとって大切な存在だという事なのだろうとフィンは察した。


「……大事な人なんだな」

「……まあね」


 ウィルが寂しそうに微笑んだようにフィンには見えた。


   *


 翌日。

 ウィルはリーナに数日の滞在延長と給仕の手伝いを申し出た。リーナはきょとんとした顔でウィルを見つめた。


「別に、うちはありがたいけれど……便利屋の仕事は? フィンが困るんじゃないの?」

「大丈夫。フィンに許可は取ってる。彼奴も手伝うって言ってくれたから、俺が掃除とか教えるつもり」

「そんなあ! 昨日知り合ったばかりの人に掃除なんてさせられないわよぅ!」


 リーナは素っ頓狂な声を上げた。


「気にしなくていいよ。報酬の一部なんだ、俺の仕事の手伝いは。それに……」


 ウィルは座っていたカウンターテーブルをやさしく撫でた。


「今回は多分、しばらくここには戻ってこられないから。その、なんというか……」


――リーナは俺にとって親みたいなもんだ、孝行くらいさせてくれ。

 その心からの思いを、ウィルは口には出さなかった。


「……なんというか?」


 リーナに不思議そうな顔で尋ねられ一瞬答えに困ったが、


「……まあ、俺の気まぐれだよ、気まぐれ!」


と、ウィルはそっぽを向きながら答えた。


   *


 ウィルは給仕として非常に優秀に働いていた。

 仕事をそつなくこなすのは勿論だが、彼の社交的な性格は中高年男性の客からも良い評判を得ていた。だからこそ便利屋として生計をたてられていたともいえる。その一方で、ウィルはオリーブの動向にも目を光らせていた。


 オリーブは8歳の少女にしてはよく働いていたが、人見知りが強いのか、お客やウィルには勿論リーナに対してですらあまり言葉を発しなかった。それでもリーナに話しかけられて笑顔になったり、お客に褒められて顔を赤らめたりと、時折子供らしい表情をみせていた。


(普通の子供のように見える……やはり杞憂だったのだろうか)


 ウィルはそれでも胸騒ぎを抑えることができなかった。


 ウィルが給仕として手伝い始めて5日後のこと。

 その事件は起こった。

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