暗闇の轟音
ウィルがアンネの置き手紙と紙袋に気がついたのとほぼ同時刻のこと。
深淵に落ちていたフィンの意識を、聴覚と触覚への強い衝撃が唐突に覚醒させた。フィンは当然のようにはね起き、間もなく頭頂部を頭上の障害物に強かぶつける事となった。
「っ痛うぅ〜……」
ぶつけた頭に手をやろうとし、フィンはそこで初めて身体を縄のようなものでがんじがらめに縛られている事に気付いた。そもそもフィンの視界は何かに遮られているように真っ暗で、何も見る事が出来なかった。
(何だってこんな事に⁉︎)
現状を全く把握出来ず軽くパニック状態になりかけたものの、フィンはわざと首を大きく横に振り、混乱する頭の中をリセットさせた。
(いかんいかん、こういう時こそ冷静沈着が重要だな。まずは深呼吸……)
何度か深呼吸を繰り返して呼吸のリズムを落ち着けると、フィンは改めて周囲の状況把握に取り掛かった。まずフィンが気付いたのは、全身を包む振動と轟音だった。あまりの煩わしさに聴覚と振動覚が麻痺したかのような錯覚に囚われる程だった。落ち着いて耳を澄ませると、その轟音の殆どは何かが爆発するような音と金属の摩擦音で構成されているようだった。まるで機械がひっきりなしに動く工場の内部で耳栓も使わず作業しているかのようだ。フィンは目眩を覚えながらも分析を始めた。
(誰かに拉致されて何かの工場に運ばれたのか……? いや、そもそも誰かに捕まった覚えは全くないぞ?)
フィンは首を捻りながら懸命に拘束される前の記憶を思い出そうと試みた。
*
検査との名目でまだ陽も上がらぬ早朝にジークの部屋に呼び出されたその日、フィンはアンネの通訳でジークの計画を初めて聞かされた。
『そんなの駄目だっ‼︎ アンネ、君だってそう思うだろ?』
隣に座るアンネの両腕を掴み、フィンは青い顔で駄々っ子のようにアンネを揺さぶった。しかしそんなフィンへアンネは非情な視線を向けた。
『事態は私達の想像以上に深刻って事よ。私達が此処にいては迷惑になるだけ。私達に選択権はない』
アンネのきっぱりした物言いにフィンは怯み、肩を震わせた。
『……だって、そんな、先生が……』
両拳をきりきり握りしめ、フィンはジークへ向き直り叫んだ。
『それしか方法ないんですか⁉︎ 先生っ‼︎』
目を閉じ俯いていたジークは静かにぽつりと呟いた。
「……博士の判断は正しかったみたいですね」
ジークの言葉の意味を尋ねる間も無く後頭部に鈍い衝撃を受け、フィンの記憶はそこで途絶えた。
*
(あの時アンネに殴られて気絶したのか。それでこんな事に……)
経緯を漸く飲み込めたフィンは、次に拘束を解く作業に取り掛かった。しかし身体に食い込む縄を解くのは容易ではなく、フィンは身体中に幾つも擦り傷を作りながら身体を何度も捩った。それでも縄の拘束は緩む気配すらなかった。フィンが挫けそうになったその時、轟音と振動が緩やかに止まり、間も無く頭上から光が差し込んだ。




