根拠はなくとも(/3.5)
俯いた顔を上げるウィルの表情には失望の色は見られなかった。
「リリィなら、きっと大丈夫だ」
はっきりとそう呟いたウィルへアイザックは呆れた声を向けた。
「……気休めのつもりか」
「そんなんじゃねーよ」
ウィルは鼻で軽く笑うと病室の窓の外へ目をやった。夜空には二つの月のうち小さい方だけが蒼く輝いていた。
「ほら、この間、頭を殴られてリリィとコンタクトが取れなかっただろ?」
ウィルはアイザックの方へ振り返り、穏やかな微笑みを浮かべ言葉を続けた。
「あの時と……感じが違うんだ。だから多分、大丈夫」
「違うって?」
怪訝そうな顔で尋ねるアイザックへ、ウィルは照れ臭そうに言った。
「何て表現するんだろな……リリィの意識の『外膜』とでも言うのかな、そんな感じのが残ってる、俺の中に。何となく分かる」
息を吐き出し両眼を閉じ、ウィルは何かを確かめたように力強く頷いた。
「……うん、やっぱりだ。少しずつだけど、温かみのようなものが戻ってる」
ぱちりと両眼を開き、ウィルは正面の白い壁を見つめながら言い切った。
「大丈夫、リリィを戻す方法はきっとある」
そして呆然とウィルを見つめるアイザックへ向き直り、ウィルはにかっと満面の笑みを浮かべて付け足した。
「勿論、お前も動けるようになるよ」
その言葉にアイザックは丸くした眼でウィルの顔を見つめ、そして苦笑いを浮かべた。
「……根拠もない癖にいい加減な事を言う奴だな、全く」
アイザックの顔からも絶望の表情は消えていた。
*
点滴を受けた翌日にはミーチャの身体はすっかり元気な状態に戻っていた。しかしウィルの身体は骨折や筋組織の挫滅が激しく、当分は安静入院が必要な状態だった。
「先にフィン達と合流してくれないか?」
ウィルはミーチャに提案したが、ミーチャは静かに首を横に振った。
「お前なら探すのは簡単だろ? アンネがついているとはいえ……いや、アンネがいるからこそ、二人だけで行動させとくのは心配だ」
ジークの救出に向かった時よりも青ざめた顔をするウィルへミーチャは苦笑いを向けて答えた。
「確かにそうですが……僕は寧ろウィルの方が心配です」
思いがけない返答にウィルは目を瞠った。
「俺の方が? どうして?」
「人形の首を捻じ切った犯人ですよ」
ミーチャはいつになく強張った表情をしていた。ミーチャの緊張感が嫌でもウィルに伝わった。
「恐らく、相手はリリィの身体が本体ではないと気付いたと思います。であればいずれ……」
「本体である俺を探し当てるかもしれない、という事か」
続きを引き取ったウィルの言葉にミーチャは黙って頷いた。
「参ったね、人気者は辛いぜ」
ウィルのわざとらしい軽口にもミーチャはにこりともしなかった。
「用心に越したことはない。暫くは此処で君を監視させて貰いますよ? ウィル」
「……わーったよ。好きにしろ」
しぶしぶ承諾するウィルへ、ミーチャは漸く彼本来の可愛らしい微笑みを浮かべた。
「あぁ、ですが今日だけは出かけてきます。少しばかり気になる事がありますので」
「心配せずとも、今日の状態じゃとても動けねーよ」
全身を包帯でぐるぐる巻きにされてベッドに横になっているしかめ面のウィルへ、ミーチャは静かに頷いた。
*
ミーチャが確認したかったのは例の燃えた廃病院だった。と言っても、廃病院の探索を自ら行うのは敵に見つかる危険性があるため、ミーチャはカメラを取り付けた小型ドローンを飛ばし、自分は元々ウィル達が入院していた病室で映像の確認を行っていた。
(……やはりですね)
〈ああ〉
予想通りのものを見つけたミーチャとアイザックは、荒い画像の向こうにあるそれに一つの確信を持った。
二人が見つけたのは、瓦礫の山の側に不自然に開けられた長径一メートル程度の浅い楕円形の穴だった。奇妙な事にその穴の断面は何かに削り取られ磨かれた後のように滑らかになっていた。紛れもなくそれは、ミーチャ達が調べていた事故の側に残された共通点だった。




