手がかり探し
翌朝。
フィンが目覚めたのは、日もかなり高くなった頃だった。
ベッドの足元にある壁掛け時計の時針はもうすぐ天辺を指そうとしていた。因みにこの星では1日が約20時間なので、現在時刻は10時少し前だった。
(もう10時か。少し眠りすぎたな…。)
ベッドから起き上がると、此方に背を向け湯気の立つマグカップを片手に立つウィルの背中が視界に入った。フィンが起きた気配に気付き、ウィルは振り返りながら左手を少し上げてみせた。
「やあおはよう。眠れた?」
「おはよう。おかげでしっかり休めたよ」
寝癖ではねた前髪を気にもせず、フィンは寝ぼけ気味に頭を掻きながらウィルへ歩み寄った。
「……その荷物は?」
「決まってる、荷造りさ。」
ウィルは机の上のリュックを軽く叩いた。使い込まれているためか、はたまた単に雑な扱いをされているせいなのか、リュックは全体的に擦れ右側の肩紐は切れた後に縫い止めたような跡があった。
「手がかりを貰いに行く準備だよ。フィンに関する、ね」
「…いいのか?俺はまだ何も手伝ってないぜ」
申し訳なさそうに首を竦めるフィンを、ウィルは首を捻りながら見つめ答えた。
「出身地の目星くらいつけとかないと、闇雲に歩いて探すわけにもいかないだろ?」
ウィルの言うことは尤もだった。フィンは素直に頷いた。ウィルはぬるくなったカップのコーヒーを一気に飲み干すと、考え込むようにカップの縁で顎を軽く叩いた。
「俺が今迄聞いたことのない言語なんだよ、フィンの言語は。かなり特殊だと思うから、
彼奴に聞けばすぐわかるだろう。」
「彼奴?」
ウィルはマグカップをテーブルに置き、静かに呟いた。
「…俺はそいつを黒色火薬と呼んでいる。」
フィンはウィルの言葉に硬直した。フィンの知識では黒色火薬なるものを想像することは出来なかった。しかしウィルの表情の固さから、それが何やら恐ろしい響きの単語であることだけは理解できた。超近代的な武器の一種かもしれないとフィンは思っていた。
ところがウィルはというと、フィンの表情が黒色火薬の爆発力の高さをイメージしての表情と勘違いしていた。
この平和な世界では火薬の恐ろしさを知る者の方が少なかった。その程度の事はわかる筈だったが、その時のウィルは全く気付いておらず、また気付いていたリリィも(その誤解が会話に全く支障をきたさないことから)敢えて言わなかったため、この事実は完全にスルーされた。
ウィルは慌てて弁解するように説明を補足した。
「と言っても、本人はただの言語学者だよ。まあ、何と言うか……言語への貪欲な知的欲求に関しては他の追随を許さない奴だ。その底力は黒色火薬の名に相応しいポテンシャルの持ち主だな」
本当は黒色火薬の名前の由来は別にあったが、敢えてウィルは黙っていることにした。言ったらフィンはドン引きするに違いなかった。現実を目の当たりにしてから説明しても遅くはないーーそうウィルは判断した。そもそもその学者を相手に予測回避という考え方は意味を持たないのだ。
幸いな事にウィルの思惑には全く気付かず、フィンは納得してくれた。
「そんなに凄い人が知り合いなのか。ウィルって只者じゃないな」
素直に目を瞠るフィンにウィルは嘆息しかぶりを振った。
「それは勘違いだ。彼奴にはパシらされてるの。彼奴にとって俺は知り合いじゃない。舎弟、奴隷、社畜。その程度の認識さ」
「……余程酷い扱いを受けてるんだな……」
話の信ぴょう性が高いことは、ウィルの嫌そうな表情からもう十分に読み取る事が出来た。
「……まあ、そんな事は気にしなくていいから、俺が朝食を準備してる間に身体を洗ってくるといい。気持ちいいぞ。」
ウィルの好意をフィンは有難く受けることにした。