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ペクトラ  作者: KEN
ジーク•ウルド 第二幕 〜欺瞞〜
68/131

適切な例え

――トーンッ


 軽い踏み込み音が響いた次の瞬間、リリィの身体は人形アイザックの懐へ入っていた。そのまま下顎目がけて繰り出された左アッパーカットを右腕で捌き、アイザックはリリィの左脇腹目がけて膝蹴りを放つ。


――パンッ‼︎


 蹴り出されたアイザックの右膝を右手掌で受け流しながら、リリィは右肘を突き出しアイザックへと踏み込んだ。


――ダンッッッ‼︎


 リリィの右肘がアイザックの鳩尾へめり込むかというところで、アイザックは上半身を仰け反り躱すとそのまま横向きに地面を転がり距離を取る。回転の勢いそのままに、下半身を捩りながら両脚を広げ四つん這いになると、アイザックは敵を威嚇する獣の様にバッと顔を上げた。追い打ちをかけようと踏み込んだリリィと視線がぶつかり、二人は緊迫する空気の中睨み合った。


「……流石に無傷は無理か」


 両腕に反動をつけて立ち上がり、アイザックはリリィを睨みつけたまま嘆息した。


「あら降参⁉︎ いつになく賢明で潔い判断ね?」


 構えを崩さず、リリィは口元を歪め皮肉たっぷりに言った。


「馬鹿を言うな。降参するつもりは更々ない」


 全身の汚れと傷を確認しながらアイザックは舌打ちした。


「……だがな、お前の蹴りは下手な武器よりも脅威だ。それだけは認めてやる」


 その賛辞とも取れる言葉に、リリィは一瞬鳩が豆鉄砲を食ったような表情を見せたが、直ぐににやりと笑みを浮かべて構え直す。


「貴方がお世辞を言うなんて、天変地異の前触れね⁉︎」


 アイザックの返答を待たず、リリィは両脚で地面を蹴った。


ーータタンッッッ‼︎


 リリィは右脚を水平に上げながら1m程の高さまで跳躍する。

 次の瞬間、アイザックの眼前にリリィの右膝が迫っていた。アイザックが反り身で回避したため膝蹴りが空を切る。リリィの身体は勢い余って宙で半回転したが、リリィの笑顔は揺らがない。


「……ミリオタの貴方の事だから、私の蹴りで無反動砲の類でも、思い浮かべたってとこ?」


 背後のアイザックへちらりと視線を向け、リリィは宙で回転しながら背中越しに左手を伸ばし、アイザックの右手首をぱっと掴む。


「RPG-7? それとも、LAMかしらっ⁉︎」


 リリィは強引に全身を捻り、袈裟斬りするかの如く、アイザックの肩目がけて右脚を振り下ろした。アイザックは咄嗟に右手首を振りほどいた。そのため後方宙返りの軌道がずれ、リリィの足先は地面へと突き刺さった。


ーードゴォォォォン‼︎‼︎


 コンクリートが砕ける衝撃、轟音、そして粉塵に包まれ、二人は互いの姿を視認できなくなった。


「……分かっちゃいないな」


 粉塵が入らぬよう口と鼻を腕で覆い、アイザックは周囲を警戒しながらツッコみ始めた。


「どうせならRPG-7より後継の29を挙げろよ、エセオタが。あとな、LAMはないだろ。別名……」


 背後から微かな気配を察知し、アイザックは振り返りながら気配の方へと右ストレートを放った。


ーーブウァッッ‼︎

 拳の風圧が塵を四散させ、視界が一気に開ける。


 アイザックの右拳が止まった1センチ程度先には、同じく右ストレートの寸止め状態で構えられたリリィの右拳があった。


「……戦車鉄拳パンツァーファウスト、だったっけ? 私以上にヲタな、アイザック兄さんっ‼︎」


 リリィは拳を開くとアイザックの右腕をはたき落とし、身体を捻りながら体幹へ引きつけた右脚で顔面目がけて蹴りを放った。それを屈んで躱しながらアイザックは左腕をアッパーカットに構えて睨み上げる。


「……お前に兄呼ばわりされると本気で言いたくなるわ。『このクソア……』」


 アイザックが言い終わらぬうちにリリィの踵落としが繰り出されたため、アイザックはリリィの背後へダイブするように飛び退いた。そのまま前回り受け身で勢いを殺し、ゆっくり振り返りながらアイザックは立ち上がる。


「……貴方こそ、何も分かっちゃいないわよ」


 地面すれすれに止めた踵をダンと踏み鳴らし、リリィはアイザックへ叫んだ。


「何故ヒロインで例えないのっ⁉︎」

「……んん?」


 リリィの奇妙な言葉にアイザックは構えを解き、眉を顰めた。


「……だから、ヒロインよっ‼︎」


 言葉を繰り返しながらリリィは地団駄を踏む。


「蹴りが凄いヒロインは沢山いるでしょっ⁉︎ ほら、対戦型格闘ゲームの中国代表とかぁ‼︎」


 リリィの言葉に一度考え込むように首を傾げたが、アイザックは直ぐに指をパチンと鳴らした。


「あぁ、下タメ上+キックでサマーソルトキック。それでさっき……」


 納得したと言いたげなアイザックの顔目がけて右ハイキックをかましながらリリィは叫ぶ。


「それはアメリカ代表でしょがぁぁ‼︎」


 リリィのキックを首の捻りのみで回避し、アイザックは振り返りざまに「そもそもそのアメリカ代表がヒロインでない事にツッコむべきところだ」と言おうとした。しかしリリィの追撃キックが眼前へ迫っていたため、アイザックはレイバックイナバウアーの如く上体を大きく反らし、くるりと身体を回転させながらリリィへ向き直る。


「他にもあるでしょ⁉︎ シスコン科学者の兄貴に振り回されてる黒い靴のツインテ少女とか? モテない第三王子をお姫様抱っこしちゃう赤髪戦闘民族とか?」


 次々と蹴り技を繰り出しながらまくしたてるリリィにすっかり呆れ、アイザックはリリィの突き出した右脚の踵を鷲掴みにして止めた。


「……何れにしてもだな。お前がヒロインと呼べる要素は一ミリもない。何故ならお前の身体は男だし、エクストラは本来性別のない存在だ。それを俺に教えたのはお前自身だぞ、リリィ」


 アイザックの声はいつも以上に厳格で冷ややかだった。

※LAM= Light-weight Anti-tank Munition

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