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ペクトラ  作者: KEN
ジーク•ウルド 第二幕 〜欺瞞〜
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虚ろの身体

 リリィは手首を支点に逆上がりの最後の蹴り上げのごとく体幹を宙へ跳ね上げた。


 リリィの身体と髪がひらりと人形の頭上を飛び越え。

 そのまま人形を首締めにする体勢で背後を取ると、リリィは拘束された手首の部分を人形の肩越しに覗きこんだ。


「ん? 関節は案外硬くないのね。無理な動きをすれば緩むと思ったけど。全て球関節にして、筋肉は長めに設計してるの?」


 いつものように興味の向くまま軽口を叩くリリィだったが、その異変をアイザックは見逃さなかった。


「お前、左手首の向きがおかしいぞ。脱臼してるんじゃないのか⁉︎」


 アイザックに指摘されて初めて、リリィは自らの左手首があらぬ方向へ曲がり、真っ赤に腫れ上がっている事に気がついた。


「ああ、痛くないから気づかなかったわ。右手を庇って外れちゃったね、はは」

「『痛くない』って、お前……‼︎」


 乾いた声で笑うリリィとは対照的に、アイザックは真っ青になった。

 彼が気を逸らした為か人形の拘束が緩み、リリィは何事もなかったかのように自由になった左手首の関節を元へ戻した。


「……全身の激痛を和らげるために脳波をα波主体に変更し、βエンドルフィンの濃度を意図的に上げたわ。それが枯渇するまでは大概の痛みは感じない」


 まだ腫れの引かない左手首をぽりぽりと掻きながら、リリィは不自然な程のにやけ顏でアイザックを見つめた。その瞳の奥に吸い込まれそうな深い闇を見た気がして、アイザックは内心ぞっとしていた。


「……そんなに時間は保たないけれど、貴方達を半殺しにして病院に辿り着くには十分よ」


 人形とアイザックを代わる代わる眺めるリリィの姿は、何故か魂を探し彷徨う虚ろの身体のようにアイザックには映っていた。




 身体が沈み込んだかと思う間もなく、リリィの左拳が人形の後頭部目がけて放たれた。人形が屈むと同時に、リリィは振り返る体勢で回転をかけ、右踵に遠心力を乗せた後ろ回し蹴りを見舞った。


――ダスンッッッ‼︎


 重く鈍い音が響き、脚の衝撃がリリィの全身を震わせる。

 しかし、リリィの蹴りを食らったのは人形の身体ではなかった。


「……何してんの? 人形なんか庇っちゃって」


 肩越しに見つめるリリィの冷ややかな視線の先には、人形を押しのけ、左掌、右前腕、及び立てた右膝でリリィの脹脛を受け止めているアイザック本人がいた。

 リリィの蹴り技の威力は侮れなかった。事実、脹脛を受け止めた左掌の第3中手骨周辺に、アイザックは骨折特有の鈍い痛みを感じていた。しかしアイザックは素知らぬ顔でリリィを小馬鹿にするように挑発した。


「……久々に受けてやってんのに、蹴りの威力、落ちてんぞ」

「あらその痩せ我慢も、ひっさびさ、ねっと‼︎」


 リリィは踵を戻すが早いか、上体を捻りながら右肘落としを繰り出す。

 アイザックが人形を庇い後退で回避すると見るや、素早く身体を捩りながら両手掌で着地。

 屈曲しきった左膝を解放すると同時に全身のばねを効かせ。


 リリィはアイザックの前胸部目がけ、左足底で横蹴りを放った。その蹴りは、さながら戦車目がけてぶっ放された無反動砲を思わせる威力だった。

 咄嗟に両腕を交差させて防御したものの、アイザックの身体はフリーキックされたサッカーボールの如く吹き飛び、二度ほど地面にバウンドした後トンネルの狭い通路を転がると、壁を這い登る配管の一つへ背中から激突した。


ーーーカァァァン‼︎

 背後からの金属音が耳を劈いた。


「っっっっっ痛う……」


 全身の打撲痛に顔を歪め、アイザックは配管を支えにしながら立ち上がると、蹴られた方向と距離を忌々しげに確認する。10mは飛ばされただろうか。

 土埃と泥のせいで口の中がざらつくのも、愛用の眼鏡が歪んでひび割れた事も不快極まりなかったが、それよりもアイザックは、どこを踏んだかも分からぬリリィの靴裏をまともに喰らった事に嫌悪感を抱いていた。

もっとも、脇を流れる下水へダイビングしなかった事だけは、彼にとって不幸中の幸いだと言えた。(蹴ったリリィ自身は何も考えてなどいなかっただろうが)


「ったく、これだからリリィには関わりたくないんだ……」


 両腕の汚れをぱんぱんはたきながらぼやくと、アイザックは重い身体を引きずって壁伝いにリリィの元へと歩いた。


 一方のリリィはそのまま両膝、両肘をすとんとつき、四つん這いになった。脳内麻薬の鎮痛作用により苦痛こそ感じないものの、先程アイザックを蹴り飛ばした左脚が徐々に腫脹し熱を帯び始めている事にリリィは気付いていた。


〈これ以上暴れるのは流石にマズイかもね……。私は戦いたいんじゃない、廃病院へ行って、あの馬鹿医者を連れ戻したいだけ……‼︎〉


 自身の目的を冷静に反芻し、脳内麻薬によってこみ上げる多幸感をどうにかこらえる。そうしなければ脳が戦いの衝動を抑えきれず無駄な負傷を増やしてしまうからだ。


 いつもならば必要以上に身体を酷使する戦いなどまずしないリリィだが、今日は事情が違った。多少無理をしてでもジークを死なせる訳にはいかない理由がリリィにはあった。

 奥歯を噛み締めて湧き上がる高揚感を押し殺し、ゆるゆると立ち上がるリリィの視線の先をあの人形が静かに塞ぐ。

 無言で立ち尽くす人形の瞳には光が宿っていた。どうやらこの人形、ある程度の遠隔操作とオン・オフ切り替えが可能らしい。


「アイザック、その身体で戦えるの?」


 不敵な笑みを作りながらリリィは身構えた。一方、人形のアイザックは指の動きを確認するように右手を開閉すると不機嫌そうな声を発した。


「攻撃力を鑑みて此方の方が有利と判断したまでだ。使いにくい身体ではあるがな」

「それだけじゃないでしょう? その子を今まで使わなかった理由」


 身構えたまま、リリィは目を細める。


「その子の構造上、私の蹴り技をまともに受けるだけの強度がない。違う?」


 リリィの分析は的確だった。だからこそアイザックは最初の蹴りを本体で受けたのだ。しかしそれは、決してその人形が戦闘に向かないという事ではなかった。


「受けられなければ避ければ良い。此奴の神経伝達速度自体は通常の人間よりも速いらしいからな、使いようによってはミーチャの身体よりも俊敏な動きが可能だ」


 ボクサーのような構えをとり、アイザックは一瞬リリィの左脚へ視線を移す。短パンから見えるリリィの左脚は、暗がりの中でもそれと分かる程青黒く変色していた。


「お前こそ、俺を蹴った時に脚に負荷がかかったんだろう? 無茶をし続ければ、歩くことすらままならなくなるぞ」


 そんな事はアイザックに言われずとも分かりきっていた。リリィは敢えて答えず、アイザックへ向かって駆け出した。

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