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ペクトラ  作者: KEN
ジーク•ウルド 第二幕 〜欺瞞〜
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悪趣味な研究

 アイザックの馬鹿みたいに自慢気な講釈は暫く続いていた。


「……で、此奴を端的に表現するならば、そうだなぁ……『人間の外骨格』とでも言うのかな? と……おいリリィ、まさか気絶してるのか?」


 背中から床に叩きつけられた程度でリリィが気絶する可能性など想定していなかったアイザックは、そこで初めて、微動だにしないリリィの顔を覗き込んだ。


 リリィは目を閉じたままぴくりとも動かなかったが、微かな息遣いはリズム良く聞こえ、今にも大欠伸し出すのではないかと錯覚する程長閑な顔だった。アイザックでさえ、暗くじめついた地下トンネル内で倒れているよりも寧ろ、天気の良い春の草原で昼寝している方が似つかわしいと思った。


 焦り動揺している筈のリリィとは思えぬ穏やかな表情に無性に腹立たしさを覚え、アイザックはわなわなと全身を震わせた。


「おまっ……人の話をっ……」

「……てる」

「⁉︎」


 小さな声がリリィの口から漏れ聞こえ、アイザックは思わず押し黙った。


「……聞いてるって、言ったの」


 唇だけを僅かに開閉させ、リリィは気怠そうな掠れ声で辿々しく、しかし吐き捨てるように言葉を発した。


「……悪趣味な研究。人間のくせに、人間の尊厳を簡単に踏み躙れるのね、あの身の程知らずのバカ医者が」


 その弱々しい声にそぐわぬいかにもリリィらしい発言に、アイザックはすっかり調子を狂わされてしまった。頭へ上っていた熱い血流と気分高揚感が、フリーフォールの如く落ちていくのがわかった。

 全身の脱力感に襲われ、アイザックはその場へ崩折れた。


「……あの先生をそれだけこき下ろせるのはお前位だよ、リリィ」


 ため息に続いて呆れた声で呟くアイザックに対し、相変わらず唇しか動かさないリリィは頭の片隅にあった疑問を呟いた。


「でも……その研究、本当にジークが一からやったもの?」


 アイザックは一瞬瞠目し、そして軽く鼻を鳴らした。


「……本当に察しが良い、お前って奴は」


 立て膝に座り直し、アイザックはリリィの腕を拘束したまま動かない人形を見上げた。


「此奴を造ったのは先生だが、その研究は元々先生のものじゃない」


 次にアイザックは、相変わらず押し黙ったまま微動だにしないリリィへと顔を向ける。


「本来の研究は知っての通り、エクストラが赤の他人の意思、行動に干渉出来る可能性についてのものだ。だがそれが容易に出来ない事は俺達が一番分かっている」


 そんな人の理を乱す事が簡単に出来ていい訳がないとツッコミを入れたかったが、リリィは黙っていた。そんなリリィの思惑を知ってか知らずか、アイザックは話を続けた。


「……そこで先生は考えた。オリジナルと同一の遺伝子情報を持つ者ならば、エクストラの干渉も可能ではないか、と」


 ここでリリィは、アイザックの話の顛末が概ね予想できたような気がした。しかしアイザックの話を遮る事はしなかった。手首の拘束を解くための下準備がまだ十分でなかったのだ。


「先生は、人間の遺伝子情報から人為的に人間を造り出す研究について調べ上げた。一番理想的な検体はクローンだが、被検体作成にどうしても年単位の時間を要する。そこで……」

自分の研究(エクストラの干渉)に関与しうる最低限の部品(組織)を人間の細胞で、残りを人工的な有機物で造れないかと考えた、と」


 続きを呟いたリリィの小声に、アイザックは黙って頷いた。いかにもジークの考えそうな非人道的発想だ、リリィでなくても分かるだろう。


「……そんな時、偵察用アンドロイドの開発を進めているという組織の噂を先生は聞きつけた。先生はその研究を盗み出し……」

「盗んだ⁉︎」


 思わず薄目を開けて声を出したリリィへ、アイザックは唇の端を引きつらせて苦笑いする。


「ああ、俺が片棒を担がされた。何も聞かずにデータを盗めと脅されてな」


 何を脅迫ネタにされたのかが気にはなったが、リリィは『武士の情け』で聞かない事にした。


「……とにかく、だ」


 アイザックはわざとらしく咳払いする。脅迫内容への追求を避けたかったのだろう。


「先生はその研究を利用し此奴の作成準備に取り掛かった。だが奴らに見つかった」


 アイザックが拳を握りこむ音がギシギシと、低く、小さく鳴った。


「俺がしくじったかとも思った。だがそうじゃないらしい。詳しくは分からないが、彼奴らは俺の所でなく先生の所へ、直接乗り込んできた」


 早口で一気に話したせいだろう、アイザックは軽く咳き込んだ。

 何度か咳払いして落ち着いた後、彼は喉を手で押さえながらゆっくりと続けた。


「ここから先は先生の話の受け売りだが、奴らは研究内容を理解し更なる改造を加えた先生の頭脳を高く買い、仲間になるよう何度も迫ったそうだ」

「で、ジークは何て?」


 薄目を開けて聞き返すリリィへ、アイザックは聞き覚えのある言葉で答えた。


「……『元々断る予定だったんだ』と」

「それは……⁉︎」


 リリィは思わず息を飲んだ。何者かの差し金なのか偶然か、奇妙な符合が起きていた事に気がついたからだった。


「……そう、『双頭の黒鷹』。フィンを狙ってる奴らの研究だったんだよ、本来は」


 リリィが口を開きかけたのを先回りし、アイザックは言葉を続ける。


「フィンとその研究に関係があるかどうかはわからないが、先生は恐らくないと踏んでいた」


 まさしく聞こうとした事を先に言われた為、リリィは何も言わず口を閉ざした。しかしその結論が早計であるような予感に、リリィは胸騒ぎがした。


「先生はな、知識、財産、自分の持てる全てと引き換えにお前達を見逃すよう交渉するつもりなんだ。今頃廃病院で奴らを待ち伏せしているだろう」

「……まともな交渉なんか、闇の奴らに通用する訳がない」


 ぼそりと呟くリリィへ、アイザックは諦念のこもった消え入りそうな声で答えた。


「……言っただろう、全てと引き換えに、とな」


 それが「命と引き換えに」と言う意味だという事を理解するのは容易だった。


「そう言えば、そろそろこの手を放してくれない?」


 急に場違いに明るい口調で話しかけるリリィへ一瞬だけ警戒心を向けたものの、アイザックは口をへの字に曲げながら薄ら笑いを浮かべた。


「お前を病院には行かせないって言っただろ。拘束はそのままだ」

「……あっそ」


 リリィは横たわったまま両脚をゆるゆると地面から放すように上げた。


「じゃ、遠慮なくっ‼︎」


 リリィの両眼がぱっと見開かれる。

 次の瞬間。


――ゴォォォン‼︎

 地面を蹴り上げる音が大きく反響した。

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