狂気に満ちた少年
その余りに突然の投げ技に、リリィは受け身を取る余裕もなかった。その一瞬でリリィが認識出来たのは、妙に心地よい全身の浮遊感と、それに続いて生じた背部への強烈な衝撃だけだった。心臓も含めた内臓の全機能が一時停止したかのような錯覚の後、堪え難い激痛と嗚咽に襲われ、リリィはおよそ人の声とは思えない呻きを上げながら悶え苦しんだ。
「ああ、加減を間違えたな。四肢の運動機能は今ひとつ制御出来ない。会話そのものは比較的スムーズに出来たのに。口と声帯の動きを制御したような感じでは駄目なんだな……」
完全にマッドサイエンティストの立ち位置で自己分析を独語するアイザックの声が癪に障ったが、それに反論する余力はリリィには残っていなかった。
リリィは全身の苦痛に顔を歪めながら首をもたげると、自分の両腕を拘束している少年ではなく、ブツブツ呟く少年の方を精一杯睨みつけた。
「この子は……何? ミーチャのクローンじゃ、こんな力は出せない筈」
リリィの問いかけにはっと我に返ったアイザックは、酷く無邪気な笑顔をリリィへと向けた。
「久々に聞いたなあ、クローンか。この世界じゃあ『存在しない知識』なんだろう?」
リリィはアイザックの笑みに全身の毛が逆立つ寒気を覚えた。その表情は明らかにいつもの冷静なアイザックではなかった。遅効性の違法ドラッグでも投与されたか、単に脳内麻薬が大量に放出されているだけなのか。真実は分からないが、何れにしても今のアイザックを形容できる単語は一つしか思い浮かばなかった。
〈ぶっ飛んでる……‼︎〉
(なぁリリィ‼︎ 大丈夫か彼奴⁉︎)
ウィルの声が頭に響き、リリィは冷静な思考を取り戻した。
〈人の頭を心配する余裕があるなら、この状況をなんとかする方法でも考えてなさい。ただでさえ時間が惜しいってのに……‼︎〉
苛立ちの中にもほんの少しだけ慈愛のこもった声が、頭の中で凛と響いた。
両腕を拘束され背中を床へ叩きつけられた状態のまま、リリィはすうと息を吸い両眼を閉じた。
〈少しの間集中する。その間どんな事が起きても反応しない事。助かりたいなら言う通りにして〉
何かを決意したようなリリィの声に、ウィルは一抹の不安を感じた。
(アイザックをあまり傷つけるなよ?)
念を押すウィルに、リリィは暫しの沈黙の後答える。
〈……殺しはしないから安心なさい〉
その金属のように冷えついた声ときっぱりした言い方から、リリィが半殺し寸前までアイザックを痛めつけるつもりでいる事をウィルは悟った。
(すまんミーシャ、入院費は俺にツケてくれ……)
面目無いと言いたげな祈り声を残し、ウィルの意識は深層へ消えた。
*
目を閉じ動かないリリィへ、アイザックは得意げに話を続けた。
「結論を言えば、クローンとは異なるんだよ。寧ろ……そう、フランケンシュタインズ・クリーチャーをイメージした方が近いな。遺体のツギハギなんて野蛮な代物じゃあないがね」
蹴り技を警戒し、アイザックはリリィの脚の届かない間合いを取りながら歩み寄る。
「……たった三週間しかなかったんだ。臓器は流石に再現出来なかったらしい。しかし、人工皮膚、人工末梢神経、人工筋肉、プラスチック樹脂……等々の材料を『超極秘技術』で人体の外観そっくりに作り上げたんだよ、先生は」
リリィは頭上へ近づいてくるアイザックの言葉を身動き一つせず聞きながら、十分程前の事を思い出していた。
ダイナマイトを外す時、リリィはアイザックの身体が異様に冷えていることに気付いた。結果、眼前の人物は本人ではなくアイザックが操っている人形だと感づいた訳だが、内臓はおろか循環器系統もまともに造られていなかったのならば納得がいく話だ。然しそれでは、各パーツへの栄養供給が出来ないではないか……?
〈……ダメダメ、今は集中……〉
リリィは湧き上がる雑念を払拭し、全身の激痛に耐えながら反撃の算段を始めた。




