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ペクトラ  作者: KEN
ジーク•ウルド 第二幕 〜欺瞞〜
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双頭の黒鷹 /5

 アイザックの話はここで数日前の本部、つまり十日振りのシャワーを浴びながら情報整理をした直後へと戻る。



 首からタオルを下げたまま自室へ戻り、髪を乾かさぬままパソコンをいじり始めるミーシャへ、アイザックは姑のように小言を言った。


〈電子機器の側に湿気を持ち込むんじゃないといつも言ってるだろう。髪位きちんと拭かないか〉

「……そんな事言ってる余裕はないと思いますよ? アイザック……と、ああ、これか」


 カタカタと軽快にキーボードを鳴らしながら、ミーチャはパソコン画面に目を走らせた。


 例の紋章から行き着いたのは「双頭の黒鷹」と呼ばれる組織だった。それはとにかく存在自体が謎に包まれているが、世界を股に掛ける窃盗団だとか、最強の暗殺集団だとか、いかにも物騒な噂しかない組織だった。しかし一部では、平和を謳うこの世界で唯一、平和維持を目的とした武力行使を許された組織とも言われているらしかった。


 ミーチャは引き続き、その組織が関係する可能性のある事件、事故を片っ端から検索した。その中には巧妙なクラッキングと思われるものも数件混じっていた。それは即ち「双頭の黒鷹」の内部に、ミーチャ達と同等かそれ以上の腕を持つハッカーがいる可能性を示唆していた。


(例のクラッキングの犯人と同一人物だと思いますか?)

〈……関連があると考えた方が無難だな〉


 眉間に皺を寄せパソコンの画面を凝視していたミーチャは、椅子から弾かれるように立ち上がった。


「何故この組織が関わってるのかは知りませんけど、ウィル達が危険です。直ぐに知らせなければ……‼︎」


 タオルで乱雑に髪を拭き整えながら、ミーチャは血相を変えて手早く荷物をまとめ始めた。


――バタンッッ‼︎


 自室をドアの開く音とともに飛び出したミーチャだったが、出立前にやり忘れた事を思い出し、ドア前へ走り戻った。そしてそこにぶら下がった板を裏返した。「留守のため連絡はメールで‼︎」と大きく書かれたその板は、本部を長期不在にする時に必ず表示させておくものだ。


 改めて部屋の前から走り出すミーチャを見かけ、廊下を歩く人々は次々と声をかけてきた。ミーチャはその有能さと人柄から、本部の誰からも信頼を置かれ、可愛がられている存在だった。


「どうしたんだよミーチャ?」

「えぇ、これから仕事でしてっ‼︎」

「おいミーチャ、この間頼んだやつ……」

「後ほどメールで送りますっ‼︎」

「この間は助かったわミーチャ、何かお礼を……」

「此方こそいつもありがとうございますっ‼︎ またケーキ焼いて下さいっ‼︎」


 次々かかる声に迅速かつ極力丁寧な答えを返しながら、ミーチャは本部の廊下を走り抜ける。そのまま本部中央のエレベーターで地下へ降り、人一人が入れる大きさのカプセルが沢山並んだ部屋へと入った。そこは、本部から外の駐車場へと移動する際に使うシャトル発着場だった。


 ミーチャは自分用のシャトルカプセルに乗り込み、蓋を閉めると内部のボタンを叩き押した。途端にカプセルは、ボブスレー選手も真っ青のスピードで足の方へ滑り出した。

 奥歯を噛み締めながらGに耐えること約一分、ミーチャは地下駐車場へと辿り着いた。カプセルから軽やかに飛び降り、近くに停まっていた愛車の改造ジープに乗り込むと、ミーチャはここで懐中時計の蓋を開けた。


「警官振り切れる速度でとばしますっ‼︎」


 蓋裏の鏡を見ながら軽く叫ぶミーチャの眼光が、時計の蓋を閉じると同時に鋭く光った。


「お前って、案外発言が過激だよなぁっ‼︎」


 車内備え付けの眼鏡とエンジンをかけ、アイザックはアクセル全開で地下駐車場を飛び出した。通常であれば車で5日はかかる道程を、ミーチャの改造ジープは2日で走破した。

 アイザックの現出に時間制限があるため実際はミーチャと交替で運転をしていたが、もしアイザックが一人で運転出来たのならば、病院へ一日半で到着していただろう。或いはジープのエンジンの方がもたなかったかもしれないが。

 ガス欠寸前の車を病院裏の山中へと乗り付けたアイザックは、自力で山肌を駆け下りると病院の裏口から滑り込み、ウィルの病室へと急いだ。

 ウィルと電話した際に新しい病室番号を聞いてはいたが、彼は人目につかぬよう道を選ぶのに細心の注意を払っていた。靴を脱いで左手に持ち、靴下のまま非常階段を静かに駆け上ると、目的の階の扉へ背中からぴたりと張り付く。


(ジーク先生に見つかっちゃいけませんよ……?)

〈当然の事を言うな。気が散る〉


 音を立てずに押し開けた扉の隙間から身を乗り出そうと、肩だけ外へ出したその時。


「誰だっ⁉︎」


 扉の向こう側から突然かけられた声に、アイザックは咄嗟に扉の内側へ隠れた。


ーー聞き間違いである筈がない。その声だけを警戒し、此処まで来たのだから。


 アイザックは自分の失態を悟った。

 眼をぎゅっと瞑り、唇を噛む。

 覚悟を決めて扉の向こう側へ顔を向けようとした彼はふと思い直し、懐中時計の蓋を静かに開けた。


〈交替だ、自分が出ると怪しまれる〉

(了解)


 アイザックと交替したミーチャは、出来るだけ平静を装い無邪気な笑顔を声の主へ向けた。扉の反対側には、ほんの少しだけ眉を顰めたジーク医師が、いつも通りのしわしわな長白衣のポケットへ両手を突っ込み立っていた。

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