足止めの真実
「……悪いがアイザック」
その声は酷く苛立たしげに暗闇へと反響した。
「説明が必要とはいえ、時間がないのは分かっているだろう? そろそろあの病院に向かわなかったらジークを止められなくなる」
焦慮と疑心を隠そうともせず、ウィルの瞳はアイザックを射抜くように見つめた。
「それともお前、はなから行かせるつもりがない、とか、言いはしないよな?」
言葉での足止めは限界だ――そうアイザックは悟った。しゃがんだ姿勢のまま、横目でちらりとウィルへ視線を向けると、俯きがちに顔の前で両手を固く握った。
「……そんなわけないだろ」
微かに震える声がウィルへ答えた。
「俺だって先生のところへ向かいたい。先生を助けたいさ。でもな、俺は行けないし、お前を行かせる訳にもいかないんだよ」
アイザックは上着のボタンを外し、そっと脱いで膝の上に畳んだ。その一部始終を見ていたウィルの眼は驚嘆に大きく見開かれた。
アイザックの胴には黒い導線ののびた細い円筒形のものが、筏の丸太のように繋がれ巻かれていた。「元の世界」の知識から、それがダイナマイトであることはすぐに分かった。
「どうして、こんなものが此処に……?」
信じられないと言いたげなウィルの顔を見上げ、アイザックは淡々と言葉を紡いだ。
「先生がこれをどう調達したかは知らない。だが先生によるとな……」
ウィルから視線を外さず、アイザックは脇腹にくくり付けられた小さな箱を指差した。その箱の中央には小さな赤い光を放つランプがリズム良く点滅していた。
「この光がついているうちは、俺は此処から動けない。無理やり外そうとした場合、俺自身がこの場所から離れた場合、及び先生の起爆ボタンが押された場合、これは爆発するらしい」
驚愕に言葉を失うウィルへ、アイザックは微かに声を震わせながら告白した。
「俺は、先生からただ一つだけ命令されたんだ。お前をあの病院へ近づけさせるな、と。つまり、俺がお前を行かせた場合、先生の起爆スイッチによってこれは爆発するって事だ」
ゆらりと立ち上がり、アイザックはウィルを見つめたまま二、三歩後ずさりした。
「俺はミーチャを死なせたくない。だからお前を先に行かせる訳には、いかないんだよっ‼︎」
死亡フラグが立ちすぎの不吉な笑みを浮かべ、アイザックはそう言った。
〈ウィルの事だ、俺が止めても強行突破しようとするだろう。戦闘は避けられない、か……〉
アイザックは臨戦態勢で身構えていたが、ウィルはぴくりとも動かなかった。むしろ考え込む様に一時停止し、何故か言いにくそうに此方を見ていた。
「……一つ、言ってもいいか?」
やっと口を開いたウィルに、アイザックは内心当惑しながらも黙って頷いた。
「……そもそもお前、ダイナマイトで自爆テロってキャラじゃないだろ。どっちかと言えば、紅茶片手にクールに人質助ける刑事の側だろ」
大真面目な顔のウィルから色々な意味で場違いなツッコミを受け、アイザックは目が点になった。
ウィルから直接「元の世界」のネタでツッコミされたのは初めてだった。リリィが何らかの機会に入れ知恵していたせいかもしれないとアイザックは思った。妙な間をおいて、苦笑いしながらアイザックは指摘した。
「元ネタはニホンのドラマか。まず俺に専門外のネタボケをふるな。それと、紅茶を飲みながら助けてたわけじゃない。まして『僕とした事が……‼︎』なんて、俺は死んでも言わんぞ」
固い表情の解れたアイザックに、ウィルはにやりと笑みを向けた。見るからに追い詰められていたアイザックを気遣った、彼なりの配慮だったのかもしれなかった。それにしても、自分の知識をくだらない冗談に使われたと知ったら、リリィはどんな顔をするだろう。そっちの方がアイザックは心配になった。
「……冗談はさておき、本題へ入ろう」
真面目な表情に戻ったウィルの言葉でアイザックも通常通りの冷静さを取り戻した。
「はさみとドライバーはあるか?」
ウィルの左手が受け皿のようにアイザックへと向けられた。ウィルの言いたい事は直ぐに分かった。
「解体なら俺も試そうとしたが、起爆装置の内部はかなり複雑だ。恐らくブービートラップが何重にも張られている。此処にある道具だけでは不可能だ」
しかし、アイザックの弱音に意外そうな顔こそしたものの、ウィルは余裕の表情を崩さなかった。
「まあ黙って貸してみろって。あと、移動すると爆発するって言ったな? 送信機のような物が近くにあるんじゃないか?」
ウィルが(リリィを頼らず)自力で爆弾処理を始めようとしていることに意表を突かれつつも、アイザックは道の隅に置かれた木箱をウィルの前に運び、中を見せた。
「携帯用のトランシーバーを改良しているのではないだろうか。断定は出来ないが、怪しいのはこれ位だと思う」
木箱を覗き込み中を確認したウィルの顔が突如、疑問符とともにアイザックへと向けられた。
「下水道でも電波が入るんだな。誘導無線でも使ってるのか?」
唐突で素朴すぎる疑問に面食らったアイザックも、一緒になって思案し始めた。
「そういえば……いや、案外無線LANとか……?」
二人はそのまま箱の中に顔を向け考え込んでいたが、直ぐにがばりと顔を上げた。
「「って、今は無線が使える理由なんかどうでも良いっ!」」
示し合わせたように綺麗に重なった声に二人は困惑した。ウィルの掌が催促するようにひらひらとアイザックの前へ差し出された。
「……と、とにかくはさみを貸せっ。解体出来なくても、身体から爆弾を離す事は出来るかもしれない」
「あ、ああ」
アイザックからウィルに手渡されたはさみは、軽快にアイザックの背後から服を切り始めた。
「頼むから慎重にやってくれ……お前達と心中なんて御免こうむる」
語尾を震わせるアイザックの言い方に不快感を表すかのように、はさみが空中でぱちりと鳴った。
「こっちの台詞だっての。ったく、始めから言えよ、こんな大事な事……」
文句を言いながらも、ウィルの両眼と両手は、ダイナマイトを繋ぐ紐の中にブービートラップが紛れていないかをつぶさに確認していた。
「……で、あのバカ医者だろ? 犯人は。無駄話の続きを聞いてやる。お前らしくもない、こんな大ポカをやらかした理由も含めてな」
手を忙しなく動かしながら背後で発せられた声に、さっきまでの焦りは芥子粒ほども感じられなかった。




