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ペクトラ  作者: KEN
ジーク•ウルド 第二幕 〜欺瞞〜
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動き出す目論見

 翌朝。

 ウィルが目覚めた時には、既にフィンのベッドは空になっていた。


(本当に早く行ったんだな)


 カーテンから漏れる薄暗い外の明かりに目をやり、ウィルはむくりと起き上がった。腹は減っていたが、それより先に調べたい事があった。ウィルは廊下へ出ようと病室のドアを開けた。


――コツンッ


 一歩踏み出したつま先に何かが当たった感触に気づき、ウィルは足元へ目をやった。そこには一つの紙袋が置かれていた。


「何だ?」


 中を確認しようと持ち上げたウィルの手元から、紙切れが一枚はらりと落ちた。それを拾い上げ広げたウィルは、間もなく驚愕に目を見開いた。


「どういうことだよ、これ……‼︎」


 紙切れをぐしゃりと握り潰し、ウィルは暗い廊下へ言葉を吐いた。


   *


 同日夜。

 山間部に建つ古びた病院に、一つの影が忍び寄っていた。


 影は闇夜に溶けるように暗い病院内へ忍び込み、迷うことなく一つの病室へと足を運ぶ。

 目的の部屋の前で影は立ち止まり、その引き戸を音もなく開けた。


――すると。


「そろそろ来る頃と思っていたよ。俺の患者に手を出そうとはな」


 窓際に佇む男が一人、そこにはいた。影は即座にその場を離れようとするが。


「おっと動くな」


 声の主は、白衣の袖口からグリップのような物を取り出し掲げた。


「逃げようとすれば、ビルごと吹っ飛ばすぞ」


 声の主は口の端から突き出た細い棒を噛み締め、ニヤリと笑う。


 窓際に佇んでいたのは、他ならぬジーク医師その人だった。ジークは右手に握ったグリップを構えたまま窓の縁を跨ぎ、左膝を立てて腰掛けた。広い夜空に浮かぶ二つの蒼い月が、静かで穏やかな光を放ち、ジークの左半身を照らす。その光を目を細めて愛おしむ様に見上げ、ジークはほうと一つ、息をついた。


「さて、改めて言おう……ようこそ、我が病院へ」


 グリップを左手に持ち替え、ジークはいつもの人を食ったような声で影のほうへ話しかける。


「よく言う。ここはダミーのくせに」


 開いた入口の戸の前に立ったまま、人影は抑揚のない声で答えた。月光は入口までは届かず、外観はほとんど影に沈んでジークからは視認できなかった。


(声は一般的な成人男性より高めだな。少年か、それとも女性か)


 月光の影へ一瞬鋭い視線を向けたものの、ジークはすぐに光の中で友好的な笑顔を作った。


「やっと話してくれたね……。嘘ではないさ。ここは正真正銘、俺の城。昔から、そしてもちろん、今もな」


 それは本当のことだった。今でこそ廃ビルになってしまってはいるが、ここはかつてジークが働き、研究していた病院だった。

 グリップをビールジョッキで乾杯するかのように振ってみせ、ジークは影へとウインクする。


「夜は長い。腹を割って、ゆっくり話をしようじゃないか、侵入者くん」


 答えない影に、ジークは生来の三白眼で相手を見据え、追い打ちをかけた。


「それとも、()()の事は、双頭の黒鷹と呼ぶべきかな?」


 影は沈黙したままジークを睨み続けた。


   *


 ジークが人影と接触した、その10時間前のこと。


 紙袋を抱え、真っ暗な地下道をひた走るウィルの姿があった。病院から繋がる隠し通路を使い、下水の流れるトンネルへ降り立ち、ウィルの脚はその上流へと向かっていた。結んだ髪が傷を引っ張る事にも、下水道の中が暗く湿った空気で満ちている事にも、足元を流れる濁流が並々ならぬ腐臭を放っていた事にも、ウィルとリリィは構っていられなかった。


〈一刻も早く、あの廃病院へ向かわなければ……‼︎〉

(ああ、当然だ‼︎)


 ジークが居ると予想される場所を目指し、光なき道を駆け抜ける。その行く先を遮るように、ホワイトオレンジの灯火が一つ、暗闇に浮かび上がった。


(敵か⁉︎)


 そんな筈はないと思いながらも、ウィルの脚には反射的にブレーキがかかった。軽く砂埃を上げて前方へ滑り、ウィルの靴は灯火の10m程手前で止まった。


「ここから先へは行くな」


 灯火がゆらりと動き、その後ろから声の主が顔を覗かせた。酷く眩しいその光を手で避けながら、ウィルの眼は声の主を視認した。


「ミーシャ……いや、アイザック‼︎」


 驚愕に満ちた声が暗闇に響いた。眼鏡をかけた馴染み深い少年の姿が、そこにはあった。


「お前、本部に戻っていた筈じゃ……⁉︎」

「ああ、二日前まで本部にいたよ。昨日の朝ここへ着き、先生の計画を聞いた」


 眩しそうに顔の前に右手を掲げるウィルの元へ歩み寄り、ランプの炎を緩めてアイザックは答えた。


「計画って……彼奴、やはり何か企んでるのか‼︎」


 ウィルの握り締められた右手がアイザックの前へと差し出され、ぱっと開かれた。アイザックはそこからくしゃくしゃの紙切れをつまみ取り広げると、中の文字を読み上げた。


「『フィンは私に任せて。先生を止められるのは貴女だけ』……アンネか。余計な事を」


 目を細めて苦々しげに呟くアイザックの訳知り顔に、ウィルの表情は険しく歪んだ。今にも駆け出そうとするウィルの肩を、アイザックの右手がすかさず握り押し留めた。


「やめろと言っただろう。先生の計画を台無しにするな」


 眼鏡越しに鈍く光るアイザックの瞳を焦燥に揺れるウィルの両眼が映した。暗闇に揺らめくランプの灯火を挟み、二人は静止した暗闇の中でただ静かに睨み合った。そして二人の間に流れる静寂は、呆れ顔のアイザックが漏らした溜息で破られる事となった。


「……説明はしてやるから、とにかく一緒に来い。ここから先は先生に任せろ」

「嫌だっっっ‼︎」


 ウィルの身体は、肩へ置かれた右手と共にアイザックの提案を撥ねのけていた。バシィンという鈍い音がトンネル内に反響した。


「知ってる事を話せ、アイザック」


 襟首を掴み上げるウィルをアイザックは感情のこもらない眼で見つめ返した。

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