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ペクトラ  作者: KEN
ジーク•ウルド 第二幕 〜欺瞞〜
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内密

 ウィル達がジークの病院に運ばれてから三週間後。

 怪我の具合もだいぶ良くなり、ウィルとフィンの二人は人払いされた病棟の特別室に移っていた。食料の調達は自分達で行っているとはいえ、身元の定かでないフィンがホテル宿泊など出来るはずもなく、ジークからの寝床の提供は素直に有難かった。


 アンネはというと「硬いベッドが嫌」という理由で病院裏のホテルの一室を借り、見舞いと称しては毎日二人の部屋へ遊びに来ていた。従業員専用の階段を使っていた為見つかる心配はあまりなかったものの、潜伏がばれるのではと内心気が気ではなく、ウィルはアンネが来るたび顔を顰めていた。


   *


 その日、フィンは再び検査に呼び出され、ウィルとアンネはいつものように他愛ない話をしていた、筈だった。


「……髪を切る」


 ベッドから起き上がるなりそう言うウィルに、アンネはどう反応してよいのか戸惑った。


「髪、切って欲しいって事⁇」

「ない。お前に切ってもらうのは絶対ない」


 真顔で即断されアンネは頬を膨らませた。


「ちょっとそれ、どういう意味よ⁉︎」

「お前に切られたらスキンヘッド一択になりそうだから。自分でやったほうが幾分マシだ」


 リュックからハサミを取り出し、ウィルは手際よく新聞紙を洗面台前の床に敷きながら言った。アンネはますますむくれ顔になった。


「バリカンも使わずにスキンヘッドに出来るわけないでしょ⁉︎」

「どうせハサミの刃を床屋の剃刀ばりに研ぎあげて、俺の頭を剃っちまう気だろ? それは困る。ガチで困る」


 断髪の準備を終えると、ウィルは後ろで緩く縛った髪の根元を左手で握り、右手に持ったハサミの刃を広げ、鏡へと顔を上げた。


――いざ、断髪。


 だが。

 髪を掴んでいた左手が、いつの間にか髪を離し、右手を掴み下ろそうとしていた。


「ちょっと、やめなさい‼︎」


 リリィの裏返った声は意地でも髪を切らせないと語っていた。


「だあーっ、良い機会じゃねぇか‼︎ どうせロングヘアでも剃毛部は隠せないんだ。この機会に、いっそざっくりと男らしくだな……」

「駄目っ‼︎ 長髪は私のアイデンティティの一つなの‼︎」


 うんざりした声を上げるウィルに、リリィもムキになって声を荒げた。鏡の前で二人ウィルとリリィは非常に奇妙な喧嘩を繰り広げていた。といっても、はたから見ている人間には、一人でハサミを振り回しているようにしか見えなかったのだが。

 リリィとウィルの喧嘩には慣れていたアンネだが、ハサミは流石に危険だと思い、声をかけようとしたその時だった。扉からカツンと硬い靴音が響いた。


「取り込み中かな?」


 棒付きの飴玉を咥えたまま、ジークは中を覗き込み尋ねた。


「何か用? お察しの通り、取り込んでるんだけど⁉︎ 今」


 鏡から顔も上げす、ウィルは左腕を押さえつけた体勢のまま答えた。ペクトラ研究者のジークでも、それがリリィとの喧嘩中だと理解するのに、首を捻って元に戻すだけの間を要した。


「確かに忙しそうだ。大丈夫、要件はお前じゃあないよ、ウィル」


 合点がいったというように頷くとジークは飴玉の棒を口から外し、アンネを振り返った。


「今日は博士に血液検査をして頂きたいのですよ。ろくに検査してませんでしたし、一回位、きちんとみておかなければね」


 妙に機嫌の良さそうなジークの表情に、アンネは胡散臭さしか感じなかった。



「どうされました? 先生。ここは採血室ではないようですが」


 ジークの部屋に通されたアンネは、開口一番そう言った。


「いえね、これからフィン君が検査を終えて此方へ来てくれますので、病状の説明をしたくて。通訳、お願い出来ませんかな?」


 コーヒーの入ったカップをアンネに手渡しながら、ジークはマイカップのコーヒーを一口飲み込もうとした。しかし思いの外熱い中身に驚いたのか、全身をビクッと震わせた。


「本来ならウィルの仕事と思いますが。何を企んでいるのですか? ジーク先生」


 カップを受け取り訝しそうに尋ねるアンネに、ジークは苦笑い顔で肩を竦めた。


「企んでいるとは手厳しい」


 窓から差し込む日の光を背に受け、ジークは茶黒いコーヒーの水面に息を吹きかけた。小さな波紋が幾重にも連なり、香ばしい香りとともに消えていった。そのさまを妙に愛おしそうに見つめ、ジークは用心深くコーヒーを一口ふくみ、飲み込んだ。


「まあ、私のプランをフィン君と一緒に聞いて貰いたい、というのが本音ですよ。ウィルには内密にね」


 ジークの眼はへらへらした笑顔に似つかわしくない程、真っ直ぐに光っていた。いつになく強い圧迫感と得体のしれない気配を感じ取り、アンネは顔をしかめてコーヒーに口をつけた。ブラックで飲むコーヒーはアンネの舌には苦すぎたものの、アンネは半分程を一気に飲み干した。


「聞くだけは聞きましょう。貴方のプランに同意するかはともかくとして」

「ええ、それで結構」


 ジークはカップを机に置くと、いつもの飴玉を咥えてにっこり微笑んだ。

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