強い意志
「テイルッ‼︎」
靴音に反応しばっと立ち上がるケインを、テイルは顔色一つ変えず左手で制した。
「大丈夫だケイン、こいつは敵じゃない」
椅子を僅かに後ろが見えるところまでぎしりと回し、テイルは背後に降り立った影を冷ややかに睨みつけた。
「お前を呼んだ覚えも、まして盗み聞きしていいと言った覚えもないが」
「申し訳ありません」
テイルの背後の人影が声を発した。その声の主にケインは見覚えも心当たりもなかった。片膝をついて俯いていたため顔は分からなかったが、背格好と声質からは少なくとも未成年のように思われた。
「……まあ、お前にとって無関係ではないし、きちんと話もしてやるつもりではいたが……もう少し、俺の部下として言うことを聞く気は無いのか」
テイルは背後の人影へ苦言を呈したが、人影は俯いたまま答えなかった。テイルは軽く舌打ちした。
「ちっ、俺の言うことには聞く耳持たず、かよ。全く……」
頭をかき眉を寄せるテイルにケインは目を疑った。いつものテイルなら、愛用の剣の鞘で顔面をはっ倒すか、軍支給の硬底ブーツで顔面を蹴り飛ばすか。いずれにしても「力での制裁」を問答無用で叩き込んでいるところだ。テイルは明確な命令違反には特に厳格な男なのだ。
訝しそうなケインの表情を横目にテイルは苦々しげに頭を振った。
「此奴は少し訳ありなんだよ。俺でも手を焼いている。仕事は優秀だから大目にみているがな。まあ気にするな。此奴の事は追い追い話すから」
ケインが頷いたのを確認し、テイルは背後の人影へと向き直った。
「で、お前、さっきから黙ってるが、言いたい事があるんだろう?」
人影は頷いたまま小さなかすれ声で言った。
「私に行かせて下さい」
「……それは、お前にフィニス•リーカーの暗殺を命令しろ、という意味か?」
テイルは僅かに眉を寄せた。俯いたままの人影は頷きながら顔を上げたが、目から下を黒い布で覆っていた為、黒い円な瞳しかケインには見えなかった。
「命令さえ頂ければ、直ぐにでも実行します」
幼さの残る、だが腹の据わった声で静かに答える人影を、テイルは冷ややかに見つめた。気のせいかもしれないが、その瞳に僅かに同情のようなものがかいま見えたように、ケインには思えた。
「お前も俺達の同志だ。それは認めよう。だがな……」
椅子から立ち上がり人影のそばへ歩み寄ると、テイルは突然くるりと身を翻し、振り子のように左足を振り上げた。
(軍ブーツで後ろ回し蹴り⁉︎)
しかしケインが声を上げる間も無く、テイルの左踵は人影の左頬の横で寸止めされた。人影は視線すら動かさず、テイルの瞳を凝視していた。まるで顔面を蹴り飛ばさない事が分かっていたかのようだ。何かのマジックでも見せられたかのようにケインは呆然とした。一方のテイルは足を下ろし、不愉快そうな声を上げた。
「俺に無断で話を盗み聞きしたり、俺に命令を強要するのは明らかに越権だ。以後同様の行動は慎め。今お前を指揮するのは俺なのだから」
人影が俯くように頷いたのを見届け、テイルはほうと一息つき、険しい表情をほんの少しだけ緩め言った。
「今回は特別だ、フィニス•リーカーの所在特定の任務を与える。但し、手は出すな! 気づかれないよう尾行し、俺が任務解除するまで定期的に報告を入れろ。連絡方法はいつものを使え」
人影は俯いたまま、すぐには動かなかった。
「……不満か?」
じろりと睨むテイルを今度は見返す事なく、人影はワイヤーを天井の穴に向けて放り投げると、モーターの回転音とともに天井へと姿を消した。
「テイル、今の人は……」
「俺もまだまだ甘い」
ケインの言葉を遮ってテイルは天井を見上げ独語した。あの人間について話すのは今ではないと、テイルの横顔は告げていた。
ゆっくりと視線をケインへと移し、テイルは悲しげな表情を浮かべた。
「……お前は表に生きるべきだと、俺は今でも思う。お前をこのまま修羅の道に付き合わせるのは、正直気が進まないんだが」
テイルは人一倍厳格ではあるが、同時に仲間への優しさも人一倍持っていた。自らの選んだ道が決して正しくない事は分かっていて、それでもその道しか選べなかった自分を、テイルは誰よりも悔やみ、憎んでいた。そして、そんな自分に壁を作り、周りを巻き込むまいとしている。それが分かるからこそ、ケインはテイルを放っておくわけにはいかなかった。
「これは自分の意志だ」
ケインはテイルの瞳を真っ直ぐ見つめた。




