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ペクトラ  作者: KEN
ジーク・ウルド ~疑念〜
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検査

「ウィルなら検査に行きましたよ」


 缶コーヒー持参でウィルの個室へ遊びに来たアンネに、ミーシャはそう言った。


 入院から三日が経過し、アンネはすっかり元気になっていた。元々大した怪我もなかったので当然と言えば当然だった。余りに元気と暇を持て余していたアンネは、足の怪我がまだ痛むフィンを半ば強引に連れ回してはウィルの病室に遊びに行くのを繰り返していた。しかしその日の午後はフィンがCT検査に行ってしまったため、一人でウィルの病室を訪れていた。


「え、ウィルも? フィンもさっき検査だって言って連れてかれたわ。皆、検査がやたら多くない? 私なんて全く検査されてないのに」


 口を尖らせるアンネにミーシャは苦笑いしながら折りたたみ椅子を準備した。


「仕方ないですよ、フィンさんはともかくウィルは頭部外傷ですから。特に検査が念入りになるのも無理はありません。もしかしたら、検査と称した先生の研究に付き合わされているのかもしれませんし。どうぞ、座って待っていてください」


 勧められた椅子に遠慮なく腰掛け、アンネは土産の缶コーヒーをミーシャへ手渡した。そして自分の缶コーヒーの蓋を開けた。シュコンという音が病室に軽く響いた。


「先生の研究材料にされてるとはね。そもそもジーク先生は、どうして貴方達を研究しようと思ったのかしら」

「さあ……昔から興味があったとしか、僕は聞いたことがありません。……コーヒー、頂きます」


 缶コーヒーの蓋をそっと開けて一口飲み、ミーチャは首を捻りながら言った。


「ウィルは分かりますけど、なんでフィンさんも検査されてるんでしょうね? そんなに頭の怪我が酷そうには見えませんでしたが……」

「ミーチャが分からないのに、私に分かる訳がないわ」


 アンネは首をすくめた。


   *


「あのフィンという青年、記憶喪失だとか言っていたな」


 頭のCT検査を終えたウィルを自分の書斎に招き入れ、ジークはリンゴをウィルへ放り投げた。それを右手だけで器用にキャッチし、ウィルはぶっきらぼうにジークへ尋ねた。


「だから? 検査結果の説明じゃないなら、さっさと部屋に帰してくれないか?」


 ジークはからからと笑うと自分用のソファへ腰掛け、向かいの椅子を指差した。


「折角お前の好物を用意してやったんだ、きちんと聞いていけ」

「手短にしてくれ」


 しかめ面でリンゴに噛り付き、ウィルは渋々椅子に腰掛けた。


「ふと興味がわいてね、彼の頭も検査をさせてもらったよ」


 ジークは白衣の裏側から棒付きの飴玉を取り出し、包み紙を外した。


「器質的には明らかな問題はなさそうだった。ある一点を除いて、だが」

「ある一点?」


 二口目を齧ろうとするウィルの手が止まった。ジークは飴玉を口へ放り込むと、右側の歯で棒をガシガシと噛みながら話し始めた。棒付き飴玉に限らず、口へ入れた索状物を必要以上に噛むのは彼の癖だった。


「彼の脳実質表面に、小さなピンのようなものが埋め込まれているのが分かった」


 ジークは脇に置かれた茶封筒から画像フィルムらしきものを取り出し、ウィルに差し出した。


「生憎俺の部屋にシャウカステンはないからな。部屋の明かりに透かして見てみろ。手垢で汚すなよ」


 空いている左手でフィルムの下端を持ち、僅かにフィルムを湾曲させ立てながら、言われた通りに天井のライトに透かして見る。頭部のCT写真は術後に自分のもので簡単に説明を受けていたため頭蓋骨と脳実質の区別くらいならばウィルにも可能だった。言われてみると、脳実質表面のある一点に集中するように、極小の針のようなものが無数に集まっているのがわかった。それはとても自然発生したものとは思えなかった。


「因みにこっちがお前の術後写真。頭蓋内に少量空気が残留して黒く見えている他は大きな問題はないし、当然そんなピンは写ってはいない」


 別の茶封筒から似たようなフィルムを取り出し、ジークはウィルに差し出した。ウィルはそれを受け取るとフィンのものと比較した。確かにその通りだ。

 因みにフィンには申し訳ないが、この時のウィルは、フィンの写真の異常に驚くよりも自分のCT画像に脳実質がきちんと写っていることに安堵していた。ジークの事だ、脳を丸々取り出して特殊なICチップを埋め込む位の事はやりかねない。そうウィルは思っていた。もっとも、この比較用の画像が本当にウィルのものだという保証はどこにも無いわけだが。


「……これ、何なんだ? ジーク」


 フィルムを返しながらウィルは尋ねた。しかしジークはそれを受け取り肩を竦めた。


「残念だが、俺にもさっぱり分からない。俺の知る限りこんな治療跡の残る手術は存在しないから、何かの治療後とも考えにくいだろう、としか言えない」


 フィルムを全て茶封筒にしまい、ジークはそれをテーブルの上に放り投げた。患者のフィルムをぞんざいに扱って欲しくないものだと思い、ウィルは微かに眉を顰めた。しかしそんな事を知る由もなく、ジークは話し続けた。


「見た目の印象では、送受信用のアンテナのようなものかとも思ったんだ。だがここの設備では、それらしい電波は確認できなかったよ」

「……そうか」

「そうそう、更に奇妙な事にな。フィンの頭皮には手術跡はみあたらなかった。微小なものとはいえ、あれは後天的に発生したとしか思えない。誰が、何を目的として、どのように埋め込んだのやら」


 背もたれに身体を預け、溜め息を漏らすジークを前に、ウィルは黙って眉を寄せ考え込んでいた。


「この画像の事、フィンには伝えていいのか?」


 齧りかけのリンゴを片手に考え込むウィルにジークは尋ねた。ウィルは我に返るとジークを見つめ、きつく口を結んだ。

 しばしの沈黙ののち。


「……そりゃ本人の事なんだ、言わないわけにはいかないだろう。けど……」


 ウィルは足を組み替え、重い口調で答えた。


「俺に先に言うって事は、ジークも深刻に捉えているんだろう? 本人にとってというより、俺達……いや、あんたにとって」


 ウィルの言葉にジークは黙って頷き、ちっともまとまらない前髪をかきあげた。


「何と言うか……記憶喪失だとか、国から追われてるとか、厄介な状況なんだろ? てことは、だ。この画像の原因に国の偉い奴が絡んでいる可能性は高いな。じゃあ……」


 棒を噛み締め意味深な上目遣いでウィルを見るジークに、ウィルも頷いた。


「ああ。此方が下手に調べて俺達の居場所を逆探知されたら、闇に消されかねない。最悪、この病院の人間全員が危ないだろうな」


 ジークは咥えていた棒をつまんで飴玉を取り出し、目の前でゆらゆらと揺らし始めた。唾液にほんのり濡れたその飴玉は七色の光を微かに映した。それを怪しい眼で見つめ、ジークは悩むように声を発した。


「病院の方は気にするな。と言いたいんだが……院長の俺はともかく、患者や従業員に危害が及ぶのは、ちょいとなあ……やっぱりまずいよなぁ……」


 ふいに揺らしていた棒をピタリと止め、そこでジークは表情をがらりと明るく変えた。


「と言う訳で、俺に一つ考えがある。心配するな、お前達にとっても悪い話じゃない」


  にやりと唇の端で笑うジークの言わんとする事は、その時のウィルには分からなかった。


   *


  一週間後。

  三人の怪我は順調に回復していた。しかしジークの方で準備が必要との事から、三人は更に二週間の滞在をする事となった。

 ミーシャは三人の滞在が延びる事をウィルから聞くと、元々少ない自分の荷物をまとめて言った。


「今後の逃走は目立った動きをしない方が賢明でしょう。幌付き馬車か自動車なら比較的容易に動けるでしょうから、ヘリを片付けるついでにその辺りを調達してきますね」


 ウィルはベッドに腰掛けた体勢で足をぶらつかせ頷いた。


「ああ、頼むわミーシャ。あとついでにな……」


 ウィルは病室の入り口に視線を移し、誰にも見られていない事を確認した。そしてミーシャに小さく畳まれた紙を渡した。


「後で開けて見てくれ。俺からのプレゼントだ」


 明るい声とは対照的に、ウィルの表情は硬かった。ミーシャはそれが偽装しなければならない位に厄介な依頼なのだと直感した。


「……有難うございます」


  出来るだけ声に感情を出さないよう努めながら、ミーシャは顔だけげんなりとしてみせた。

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