中庭へ
『……そういえば俺、勝負に負けたな』
ケインの唐突な言葉にリリィは間を置いて顔を上げた。
『……ああ、一応そうなるわね。日没過ぎてるし』
顎をテーブルにつけたまま視線をケインに移したリリィは、そこでケインの様子がおかしい事に気が付いた。 ケインはごにょごにょと口の中で言葉を詰まらせ、何を言いたいのかがわからなかった。その煮え切らない態度にリリィは段々イライラし始めた。そのイライラを紛らわすために、おかしな妄想をぼんやり巡らせていた。
一方、ケインは心を落ち着けるように深呼吸をすると、改めて口を開いた。
『……俺、仇の話をしなきゃならないな』
一瞬その意味がわからなかったリリィだったが、ケインの言葉が先程の勝負で負けた事を指していると気づくと、むくりと起き上がった。
『律儀ね』
リリィはさして興味もないと言いたげな冷めた眼で答えた。が、内心フィンの情報を得られる好機にほくそ笑んでいた。 ケインはリリィの思惑など気づきもしなかったが、
『仇の話はするが、フィンの話はしないからな』
と念を押した。
『……前置きならいらない。言うなら勿体ぶらないで頂戴』
リリィは億劫そうにケインを睨んだ。
*
『……それ、本当の事?』
ケインの話は俄かには信じがたかった。
『俺だって信じたくなかった。でも、現実に……』
ケインが眉を顰めて言いかけたその時だった。 中庭から鋭い悲鳴が聞こえた。
〈アンネ!?〉
リリィは弾かれたように椅子から立ち上がった。
『待て、俺も行く!』
椅子に縛られたままのケインは部屋を飛び出そうとしたリリィの背後で叫んだ。しかしリリィは振り返りもせず首を横に振った。
『タイミングがよすぎる。さしずめ、貴方の味方が闇にまぎれて襲撃したってところよね。わざわざ敵の戦力を増やすほど馬鹿じゃないわよ』
ーーガツーン‼︎
床を蹴った音が部屋中に響き、リリィははっとして振り返った。気色ばんだ表情のケインがそこにはいた。
『……俺は味方だろうが、卑怯な奴と闇雲に暴力振るう奴は許せないタチでな』
ケインの眼光は研ぎあげられた刃のように鋭かった。
『そういう輩を粛清するのも俺の仕事だ。縄を解け!』
リリィは僅かに眉をひそめ嘆息した。
『……まあいい。二人に何かあったらただじゃおかない』
テーブルに戻りケインの槍を取るとリリィは縄を切り始めた。
『いや、切ってくれるのはありがたいが、俺の手入れした槍を使うってのは……』
ケインの言葉にリリィは一度手を止めた。
『……文句あるなら置いていくけど』
『いや無い! 早く切れ!』
程なく縄はぶつんと切れ、ケインの身体は自由になった。
『どこだ⁉︎』
『こっち!』
二人は中庭へ向かって駆け出した。
*
玄関の扉を開ける直前。
一瞬視界がぐにゃりと歪み、リリィはたたらを踏んだ。
『おい大丈夫か?』
ケインに声をかけられたが、リリィは
『……なんでもない』
とぶっきらぼうに答えただけだった。
(そろそろ交替の時間だぜ? まだ替わらないのか?)
ウィルからの問いかけをリリィは無視し、扉を全開にした。そして二人は、夜が白々と明ける庭の中で異様な光景を見た。
一人の人間が立っており、前へ突き出された腕はブレーン・クローのように人らしきシルエットの頭を鷲掴みにしていた。太陽の光はまだ届いておらず、辺りは十分な光量とは言えなかった。だがそれでも二人には頭を掴まれているのがフィンであると認識出来た。フィンは微かに呻き声をあげるばかりでほとんど意識はないようだった。
一緒にいるはずのアンネを視線だけで探したリリィは、すぐにフィンの足元に倒れている人影に気がついた。うつ伏せで顔は確認出来ないが、服などの外見はアンネだった。二人が暗がりの中でこの人間の襲撃を受け、痛めつけられたのは明らかだった。
中庭に朝日が差し込み、人影は二人の眼前にその姿をあらわにした。フィンを殴った時のものであろう返り血を頬に受け、不気味な笑顔を浮かべるとその男はケインに話しかけた。
『……よお、こんなとこに裏切り者がいたんだなあ、ケイン』
『……ユーリ、お前、何してるんだよ……』
ケインは努めて冷静に話そうとしたが、怒りに声が震えるのを抑えることが出来なかった。ユーリと呼ばれた男は笑みを崩さず言った。
『何って、何? 犯罪者を捕まえるのが俺達の仕事だろ? 俺はその職務を全うしただけ……』
男の言葉が終わらないうちに、ケインは男の胸元へ飛び込んでいた。怒りに力んだ槍が男めがけて躊躇なく突き出された。しかし男はそれを右手で捌く、と同時に掴んでいた頭をケインにむけて放った。気絶しているフィンの身体がケインに勢いよくぶつかり、ケインはフィンごと仰向けに倒れこんだ。
『ぐっ……‼︎』
『おいおい、お前、血迷ったか? 何、犯罪者の味方してんだよ』
人を小馬鹿にしたような薄ら笑いをうかべ、男は倒れたケインの脇腹を蹴飛ばした。
『……血迷ってるのは、お前だろが……闇夜に乗じて卑怯な襲撃を……騎士にあるまじき……ゴホッ!』
蹴られた腹の痛みにむせこむも、ケインはフィンの身体をどけて起き上がった。それを見ながら男は心底呆れた表情をうかべた。
『卑怯? これは立派な戦術だぜ? まあ、楽しく酒飲んでる最中に頭を殴られた腹いせは、多分にあったんだけどよぉ、ははっ‼︎』
笑い声を上げると男はリリィへと視線を移した。男の目つきが格段と険しくなった。
『……そうそう、そこのお前だ。身に覚えがあんだろ?』
『……貴方、誰よ』
リリィは無表情で答えた。男は一瞬目を丸くしたが、ぶっと吹き出し大声で笑い始めた。
『お前、大物だなぁ! フライパンで頭を殴った相手の顔を覚えてないとか! ははぁ……!』
馬鹿のように笑いつづける男をリリィは顔色一つ変えずに眺めていた。当然、覚えていない訳がなかった。この眼前の男は確かに酒場で暴れていた男だった。その男が この山を登ってきた事実。
……恐らく、意識が戻った後再び酒場を荒らし、店の主人を拷問して聞き出したのだろう。事態が非常に面倒な事になっているとリリィは痛切に感じた。
――この男、早急に始末しなければ。
リリィの眼光には焦燥の色が浮かんでいた。




