表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ペクトラ  作者: KEN
ケイン・エルメス 〜邂逅〜
35/131

最凶の切札

※適宜改稿します。

 ケインは夢を見ていた。

 足元には雲海が広がり前方には大河が横たわっていた。 ふと河の向こう岸を見ると見覚えのあ……


――ぺちぺちぺちぺちぺちぺち……


『……らぁ~、さっさと起きなさい、ログアウト不可のVRMMOじゃないからね? ヘッドギアとか被ってないからね?』


 妙に可愛らしい連続音、意味不明な言葉、そして両頬の痛みによってケインは快い夢から無理やり起こされた。最悪の目覚めだった。

 先程の連続音は、どうも眼前の少女に連続ビンタを食らっていたものらしかった。というか、現在進行形で食らっていた。視界が小刻みに左右に揺れて、ケインは酔いそうになっていた。


『……なあ、もう起きてるように見えるけど……』


 近くから(フィン)の声が聞こえ、続いてビンタと視界揺れが止まった。ようやく落ち着いて思考できる状態になったところで、ケインは状況を把握し始めた。


 現在地はどこかの部屋の中だった。おそらくアンネの家だろう。見える範囲にある物はランプ、ダイニングテーブルと椅子三脚、食器棚くらいしかなかった。椅子にはアンネ・シーベルト、フィニス・リーカー、そして先程のビンタ少女が腰かけていた。 で、自分はというと、もう一つの椅子に縛られて身動きがとれない状態にあった。自分の槍はテーブルの上に置かれていた。


――そういえば俺は、このビンタ少女と勝負をしていた筈だ。

 ケインは縛られる前の記憶が不完全であることに気が付いた。なんらかの原因で記憶が混濁しているに違いなかったが、勝敗は明らかだった。俺はまたしてもぬかったのだ。

 余程悔しそうな顔をしていたのだろう。眼前の少女は薄ら笑いを浮かべ語り始めた。


   *


『……結論から言うと、これが私達の切札よ』


 リリィの手元には二枚の紙が伏せられていたが、フィンにはそれが何なのかわからなかった。アンネに尋ねようとしたものの、何故かアンネは仏頂面で拳を固く握り締め、肩を震わせていた。苛立ちが露骨に態度に現れているようだった。しかしフィンにはその理由が思いつかなかった。


(俺、何か怒らせただろうか……?)


 本人に確かめる事も出来ず、フィンは黙ってリリィの話を聞くことにした。


   *


『これを見せる前に、まずは私の話を聞いてくれる?』


 紙を掌の下に敷きリリィは切り出した。


『私、貴方がアンネに説教してた時、家の陰から覗いてたの。その時話を聞いてて感づいた。貴方の仲間が麓にいるんじゃないかって。で、それを確かめるためにフィンに時間稼ぎしてもらったの』

『……あー、それで』


 再びぶつけた後頭部の痛みが思い出され、フィンは後頭部に手をやった。


『麓におりてみたらびっくり。余所者の騎士が酔って酒場で暴れてるって、ちょっとした騒ぎじゃない。十中八九、貴方のお仲間だと思ったわ』

(彼奴、また問題を起こしたのか……)


 ケインは内心毒ついていた。以前にも同様の事案は発生していた。リリィの見た光景は想像に難くなかった。


『始めは人質にするつもりだったんだけどね?近くにこれが売ってたから、もっといいこと思いついちゃって』


 そういうとリリィはウエストポーチの中身を取り出した。その外見はカメラに似ていたが妙に平たく、蓋を開けて鳴らすタイプのオルゴールのようにも見えた。誰も頼んでいないのに、リリィは説明を始めた。


『じゃーん、ポラロイドカメラ! 私も触るのは久しぶりっ! 現像に出す必要のない便利な代物、何よりこのレトロなフォルム! 良いわぁー……』


 リリィは恥ずかしげもなくはしゃいでいた。骨董品などの収集家(マニア)は須らくこんな恍惚とした瞳でコレクションを愛でるのだろうか、と、その場の一同皆が思っていた。


 周囲の冷ややかな空気にリリィは我に返ると話を続けた。


『それはともかく、コホン。その男の暴れている現場を撮影した後、背後から一撃で気絶させたわ。……これ、お仲間よね?』


 リリィは手元の紙を一枚捲った。写真の中央で暴れているのは、紛れもなくケインの同行者だった。


『……お礼を言った方がいいだろうか?』


 ケインは口角を引き攣らせ答えた。その返答以上に態度で肯定の意思を察したリリィは、ますます得意げに足を組み替えた。


『いいえ? 本人確認できれば十分。結局放置してきたし。で、ここへ戻ってきたの。あとは覚えてるでしょ?』


――そうだ、この少女は頭上から落ちてきて、突然俺に勝負を挑んだのだ。ケインの記憶は補完され始めた。


『貴方の前で積極的に動かなかったのも攻撃を加えなかったのも、全て貴方を油断させる罠。そして……』


 リリィはもう一枚の紙を捲りながら言った。


『これが最強の、……いえ、最凶の切札よ』


 ケインは息を呑んだ。

 そこにはアンネの胸を掴んでいる自分が写っていた。


――全て思い出した。

 自分はアンネの胸を触り、アンネに殴られ気絶したのだ。

 リリィの言わんとすることを唐突に理解し、ケインは歯噛みした。

『お前……俺を脅迫しようというわけか!』


 リリィは下卑た笑みを浮かべ写真でケインの頬を叩いた。


『セクハラの証拠をばらされたくなかったら私の言うことを聞きなさい。さあどうする? ケイン』


   *


『ったく、リリィのヤツ、何で私をダシにしてセクハラ写真なんか作るのよ……』


 その一言でやっとフィンはアンネの態度の理由を理解した。自分が怒らせた訳でないことが分かりフィンは少し安堵した。


『ちょっとフィン?』


 気がかりを解消した直後、突然リリィに名前を呼ばれてフィンは少し慌てた。


『あぁ、何?』

『言ったでしょ? 頭を使えば、同じ回避行動でも、得物を準備したり、転ばせて隙を作ったりできるのよ。こんな風に』


 リリィは自分の頭を指さし得意げに言った。確かにそんな事を言われた記憶はあったが、フィンには一つだけ反論があった。


得物(カメラ)は現場調達じゃないじゃん』

『何か文句ある?』


 すかさずリリィにじろりと睨まれたフィンは肩をすぼめるしかなかった。


『イエ、アリマセン……』

『わかればよろしい』


 リリィの視線が歯ぎしりしているケインに戻ったところでフィンは肩の力を抜いた。


『……なんか、俺が話した時のリリィと全然雰囲気違う……俺はてっきり、もっと真面目な堅物かと……』


 困惑するフィンの言葉にアンネはきょとんとして答えた。


『あら、私はこのリリィ(外道99%)の方が彼女らしいと思うわよ?私が知ってる彼女は、いつもあんな感じだもの』

『え、えげつない本性だな……』


 フィンはげんなりとして答えた。


   *


『で、どうする? 言うこと聞くの? 聞かないの?』


 ケインは暫くリリィの顔を上目づかいに睨んでいたが、視線を逸らすと渋々答えた。


『……ものによる』

『てことは、聞いてくれるのね! 嬉しい!』


 リリィの顔が綻んだ。自分の周りを飛び跳ね無邪気に喜ぶリリィにケインは慌てた。


『待て待てっ! 犯罪や売国行為なら断る! そんなことするくらいなら免職の方がマシだ!』


 ケインの言葉にリリィは飛び跳ねるのをやめ、写真をちらつかせながら背後のケインを見下ろした。その眼は雄弁に語っていた。

――そんな偉そうなことを言って良いのかしら?


(……この女狐が)


 内心毒つきながらもケインはリリィを極力刺激しないよう口を開いた。


『……結局、何が望みだ?』

『とりあえず、逃亡に必要なのはまとまったお金と足よね。一億ドルと民間ヘリってどう? それ位安いわよねぇ?』


 可能な限り穏便な解決を望んでいたケインだったが、リリィの無茶苦茶な要求は流石に呑める筈がなかった。


『ぐぐぅ、足元見やがって……。そんなもの用意できるかっ』


 二人の言い争いを黙って聞いていたアンネはそこで心外だと言いたげに口を挟んだ。


『なんだか銀行強盗みたいな言われ方ねぇ。私達、そんな悪さはしてないと思うけれど』

『……恐喝の片棒担いでる奴が言うかよ』


 アンネの他人事な物言いにケインはつい本音を漏らしてしまった。


『ちょっと、片棒を担いだとは聞き捨てならないわねぇ! そもそもあなたのセクハラが発端で……』

『だからそれは事故だって言ってるだろ‼︎』


 三人の口論が掴み合いの喧嘩に発展するのにそう時間はかからなかった。と言ってもケインは椅子に縛られたままだったので、それは実質ケインが一方的に掴み掛られている状態だった。そんな喧噪の中、フィンはおずおずと切り出した。


『……あ、あのさ!』


 取っ組み合っていた三人の視線がフィンに集まった。フィンは突然の注目に戸惑いながらも言った。


『俺と話をしてほしいんだ。その……ケ、ケイン』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ